計画研究
本年度は以下の項目について研究を行った。1.ヘム生合成の鍵酵素アミノレブリン酸合成酵素(ALAS1)と蛋白質分解系ClpXPの機能及び相互作用解析 当初、ヒト由来のALAS1についてその発現、精製方法の確立を試みたが、大腸菌での発現そのものは認められたものの、分光学的測定に十分は純度と量の精製蛋白質を得ることができなかった。そこで領域内のA01班の分子研青野教授が保有しているラット由来のALAS1の発現系を用いたところ、分光学的測定が可能な蛋白質試料を得ることに成功した。2.細胞内ヘムシャペロンの同定とその構造・機能解析 ヒト胎児腎細胞HEK293Tに対して、ヘムをリガンドとした免疫沈降による網羅的解析を行った結果、単離された抗酸化酵素Peroxiredoxin(PRX)類のうち、その相同体の一つであるPRX-3について、そのヘム結合特性および会合特性を検討した。このPRX-3は、二量体とその二量体が6個会合した12量体との平衡状態にあり、その抗酸化活性の活性残基であるシステインの酸化状態や、ヘムの結合により、この平衡は変化することが示された。また、ラットでの相同体であるHBP23についても同様にヘム結合特性と会合特性を検討した結果、PRX-3と同様なヘム結合に依存した会合状態の変化が観測され、このような会合状態の変化の生理的意義について、今後検討を進める予定である。3.ALAS1変異による鉄・ヘム・過酸化水素の細胞内量に関する変化 細胞内に導入する変異体として、そのヘム結合部位であるヘム結合モチーフ(HRM)のCys残基をAlaに変異した変異体を作成し、まず、精製蛋白質としてのヘム結合特性について検討することを試みたが、実験項目1で示したように蛋白質としての安定性が低く、十分量の精製蛋白質標品を得ることができなかった。発現及び精製条件の再検討が必要であると考えられた。
2: おおむね順調に進展している
実験項目1.でのヒト由来のALAS1は、蛋白質としての構造安定性が想定されたより低く、種々の分光学的測定を行うのに十分な精製標品蛋白質を得ることができなかった。菌体破砕後の粗抽出物のSDS-PAGEの結果からは、ALAS1大腸菌内での発現自体は低くなく、適切な精製方法を用いれば十分な精製標品蛋白質が得られると考えられたため、多くの条件を試みてその収量の拡大を図ったものの、十分な結果が得られなかった。一方、ラット由来のALAS1では、収量としてはまだ十分ではないが、精製手法の改善により向上する余地もあると判断できた。実験項目2.については、PRX類におけるヘム結合特性や会合特性の検討が予定よりも早く進み、さらにラットの同種蛋白質であるHBP23についても検討を進めることができた。実験項目3については、その前提である精製蛋白質としての変異体のヘム結合特性等が検討できてはいないので、当初の予定通り進んではいない。上記3つの主な実験項目に加えて、ヘム依存性転写制御因子(Iron Responsive Regulator: Irr)のヘムによる転写活性制御機構についても検討を行ったが、一連の実験からヘム結合部位とMnイオンの結合部位が重複していることが示され、ヘムによるMnイオンの解離によって、Irrは標的DNAから解離するという興味深い結果が得られた。これまで、本研究者はこのIrrにおけるヘムによる転写制御を提唱してきており、今回の結果も早急に論文にまとめる必要性があることから、2019年度後半はIrrに関する実験を優先して行った。以上、2019年度は、実験項目1.と3.については当初の予定通り進まなかったものの、実験項目2.については当初の予定を上回り、Irrに関する実験では当初予想していなかった興味深い結果が得られたことから、全体としては、おおむね順調に進展していると判断する。
実験項目1.について、ヒト由来のALAS1は、in vitroの緩衝溶液中では、菌体内等の細胞内環境とは異なって著しく構造安定性が低下する可能性もあることから、引き続き精製条件の検討を継続するものの、ラット由来のALAS1の精製収量の向上と、それを用いた各種分光学的測定を進めることとする。令和元年度の結果からラット由来のALAS1は比較的発現量も多く、蛋白質精製時における損失も少ないので、このALAS1を用いることで当初予定した測定は十分可能であると想定される。実験項目2.については、PRX類のヘム結合の結合定数や会合時の平衡定数を求めることで、より定量的にその機能的、構造的検討を進めるとともに、細胞内のヘム運搬体としての機能、特にALAS1などのシグナル伝達分子としてのヘムを輸送するヘムシャペロンとしても機能するかどうかについても検討を行う。実験項目3.については、実験項目1.と合わせてラット由来のALAS1の利用を検討する。さらに、Irrにおけるヘム結合による転写機構解明については、これまでの実験や測定結果の再現性を確認し、学術論文としてまとめることを目指す。特に2019年度の実験で明らかになったMnイオンの結合部位については、結合部位と想定されるアミノ酸残基を置換した変異体Irrを用いることで、Mnイオンに配位しているアミノ残基を同定するとともに、MnイオンやヘムのIrrに対する親和性を定量的に評価することにより、ヘムによるMnイオン解離の機構と、その標的DNAへの結合に対する構造的影響、さらには本研究者が提案しているヘム結合による酸化的アミノ酸修飾と標的DNA結合機構との相関について、より詳細に検討を行う。
すべて 2020 2019 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 4件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 3件、 招待講演 3件) 備考 (1件)
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巻: 印刷中 ページ: 印刷中
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