計画研究
様々な金属結合タンパク質についてin-cell NMR解析を容易に行うための要素技術の研究を行っている.すなわち,(1)迅速で高感度な多次元NMR測定法,(2)高精度自動NMRデータ解析法,(3)細胞試料のマイクロ培養技術,(4)複合体形成やドメイン間相対配置の解析に資する常磁性NMR解析法の開発である.2021年度は特に(3)と(4)に注力して研究を行った.「細胞試料のマイクロ培養技術」については,疾病を背景に持つ細胞を用いたin-cell NMR解析の研究を進めた.酸化ストレス防御機構に重要な環境応答型転写因子Nrf2とその制御因子Keap1の系を用いて,多様な培養細胞を用いたin-cell NMR解析を試みた.具体的には,通常in-cell NMRに用いられるHeLa細胞に加えて,A549細胞,MEF(Keap1-KO)細胞を用いて,良好なin-cell NMRスペクトルを取得することに成功した.「複合体形成やドメイン間相対配置の解析に資する常磁性NMR解析法の開発」については,ダイズ根粒菌の酸素センサーシステムを構成するFixJ-FixL二成分情報伝達系について解析を進めた.本研究では,NMRを用いたFixJ単独ならびにFixL-FixJ複合体中のFixJの溶液構造の決定や,細胞内を模したクラウディング環境がFixJの立体構造に与える影響の解明を目指しているが,2021年度は,FixJ(C51S/S129C)変異体を調製し,これに常磁性ランタノイド結合タグであるDO3MAタグを結合させてNMR測定を行い,良好なPCS情報の取得に成功した.PCSはおおよそ40Aまでの距離制限,および角度制限として用いることができるパラメータである.このPCS情報を用いて予備的な立体構造計算を行った結果,リンカー部で折れ曲がったドメイン間相対配置を持つ立体構造が得られた.
2: おおむね順調に進展している
本研究では,「生命金属科学研究基盤構築」として,in-cell NMR解析系の確立を,また「測定解析法の高度化」として,最先端の溶液NMR測定・解析手法,情報科学を用いたタンパク質の立体構造解析法などをさらに高度化することを計画し,これに従って2021年度の研究を進めた.2021年度は,その結果として,要素技術開発で良好な結果を得ることができた.また,新しい要素技術を用いた応用研究においても,酵母YUH1蛋白質のリガンド認識機構の解明,およびヒトGRB2蛋白質の立体構造決定とSOS1蛋白質との相互作用解析など,生物学的にも興味深い成果が得られた.さらに,NMRを用いたFixJの溶液構造の解析,およびFixJとFixLの相互作用解析など,領域内の共同研究も順調に進捗している.以上のことから,2021年度に計画していた研究の多くについては当初の計画に従って推移しており,また本新学術領域内の他の研究者の研究にも利用できる技術の開発も進んでいることから,本研究は全体としておおむね順調に進展していると考えられる.
今後は,計画の修正を適宜行いつつ研究を継続し,(1) in-cell NMRの手法開発と高度化,(2) in-cell NMRを用いた金属動態に関わるタンパク質の解析(実証研究),(3) in-cell NMRを用いた応用研究,ついて研究を進めていく.(1)については,疾病を背景に持つ多様な培養細胞を用いたin-cell NMRの方法論的開発を行う.さらに,植物培養細胞を用いた系の確立も進め,植物細胞では世界初の高分解能NMRスペクトルの取得に挑戦する.(2)については,領域内の共同研究を通じて金属動態関連タンパク質に適用することで,前項で述べた手法の堅牢性を検証しつつ,実証研究をさらに行っていく.(3)については,in-cell NMRを用いた,疾病原因遺伝子産物と阻害剤候補分子の結合の「その場観察」の応用研究を行う.具体的には,SARS-CoV-2 mainproteaseと阻害剤の相互作用解析を計画している.以上に加えて,単離精製された試料のための溶液NMR手法についても,ニーズに合わせた開発研究を行うことで,測定解析法の高度化を推進していく.
すべて 2021 その他
すべて 国際共同研究 (3件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 3件、 招待講演 2件)
Proceedings of the National Academy of Sciences
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