今年度沙川は、トポロジーの研究を中心に進めた。まず、トポロジーの概念を非線形系に拡張する研究に取り組み、重要な成果を二つ得た。第一に、これまでは線形系に限定されてきたトポロジカル数(チャーン数)の概念を非線形系に拡張し、それを用いると非線形系に特有のトポロジカル転移(非線形性誘起トポロジカル転移)を予測できることを示した。これは強い非線形領域においてもバルクエッジ対応が成り立つことを初めて示した研究であり、Nature Physics誌に採択された。第二に、さらに非線形性が強い領域において、エッジモードがカオスに転移することでバルクエッジ対応が破れることを示した。さらに、古典確率過程に特有のトポロジカル現象についての研究も行い、二つの成果を得た。まず、一次元の緩和過程がトポロジカル数(巻き付き数)で特徴づけられることを示し、Physical Review Lettersから出版された。また、定常状態も同様にトポロジカル数で特徴づけられることを示し(確率過程におけるバルクエッジ対応)、現在論文を準備中である。 伊藤は、生体システムにおける情報幾何及び最適輸送理論に基づいた熱力学的な制約の研究に注力した。具体的には、熱力学的不確定性関係の定常熱力学の拡張、情報幾何的な速度限界の進化ダイナミクスへの拡張、熱力学的な駆動力と相互相関関数の非対称性に関するトレードオフ関係、ゲーム理論的な情報熱力学的の最適輸送問題の定式化、レート行列の固有値に対する熱力学的なトレードオフ関係、情報幾何に基づく緩和ダイナミクスへの制限などについて研究を行い、それぞれ論文として出版された。さらに、サルの皮質脳波のダイナミクスにおける熱力学的な散逸を固有周波数モードを用いて解析を行った。また、最適輸送理論を流体力学へと拡張し、反応拡散系におけるパターンダイナミクスの熱力学を最適輸送理論を用いて議論した。
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