研究領域 | 情報物理学でひもとく生命の秩序と設計原理 |
研究課題/領域番号 |
19H05800
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
竹内 一将 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 准教授 (50622304)
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研究分担者 |
西口 大貴 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 助教 (20850556)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2024-03-31
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キーワード | アクティブマター / 非平衡統計力学 / 微小流体デバイス / バクテリア / ガラス |
研究実績の概要 |
本年度も引き続き、高密度細菌集団のモデル実験系の研究、特に(i)高密度細菌集団の非平衡相の研究と(ii)高密度細菌集団の支配因子の探求を行い、細菌集団の情報物理学の基盤づくりを推進した。 本年度はまず、高密度細菌集団を均一環境で長時間培養し、観察可能な独自の微小流体デバイス「広域マイクロ灌流系」の開発を完了し、論文発表を行った。論文では、本デバイスにより発見した、大腸菌集団の飢餓過程における細胞サイズゆらぎのスケール不変性について詳細に報告した。本成果は、変動する環境下で細菌集団が示す統計的性質の頑健さを示すものであり、細胞集団の情報物理学推進のうえで重要な成果と考えている。 (i)「高密度細菌集団の非平衡相の研究」については、広域マイクロ灌流系を用い、運動性の大腸菌集団の高密度化に伴うガラス化について詳細な研究を実施した。結果、大腸菌集団のガラス転移現象や配向ガラス状態を発見し、各相や転移の特徴を明らかにしたほか、配向秩序に関するドメイン構造の発達も見出した。本成果は、細菌集団の非平衡熱力学的特徴を理解するうえで重要な結果である。 (ii)「高密度細菌集団の支配因子の探求」については、非運動性の大腸菌集団において、コロニーの3次元構造とトポロジカル欠陥の関係を調査し、最下層で欠陥が生じている箇所ではコロニー局所高さが有意に高いという相関を見出した。そこで欠陥と細胞流の関係を調査し、従来は細胞流出を促すとされていた種類の欠陥においても細胞流入を見出したほか、それが欠陥周りの細胞の3次元的傾きによって説明できることを発見した。本成果は、トポロジカル欠陥という少数の点が、細胞集団の流動や3次元構造形成を左右することを示しており、アクティブマター物理学や細胞集団の情報物理学の観点からも重要な成果と考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、高密度大腸菌集団のガラス転移について研究が大きく進展し、当初想定していなかった配向ガラス状態の発見や相図作成、各相や転移の特徴を明らかにすることができた。また、ガラス転移点付近の高密度状態では、配向秩序に関するドメイン構造が発達し、非運動性の細菌集団に関する先行研究で論じられてきたドメイン構造と関係する可能性が見出された。さらに、細菌集団の3次元構造とトポロジカル欠陥の関係についても、トポロジカル欠陥と細胞集団の流動の関係について従来知見と異なる新奇な結果が得られたほか、欠陥周りの細菌の3次元的傾きが極性秩序を生み出すこと、それが極性由来の力を生み出し、我々の観察結果を説明するという想定外の成果が得られた。以上の、想定以上の研究成果の確立に注力するため、相分離様現象に関する研究や光トラップ系の実験については当初計画より規模を縮小して取り組んだ。総合して、「おおむね順調に進展している」と考えている。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度までの我々の研究により、運動性の高密度大腸菌集団は、実験条件によってガラス転移と相分離様状態の2種類の高密度過程を示すことが明らかとなっている。当該年度の成果により、ガラス転移の場合の統計的理解が進んだので、それを踏まえて相分離様状態の実験や解析を再度行い、こちらの転移についても統計的に特徴づける。以上の取り組みにより、運動性の高密度大腸菌集団における非平衡相について、熱統計力学的な理解の確立を目指す。 光トラップ系については、当該年度に、大腸菌集団を対象とした長時間のタイムラプス計測ができるよう実験系を改良した。そこで今後は、この系を用いて、菌の捕捉の強さや遊泳状態への影響を評価する。そして、ガラス転移や相分離様状態の出現に近い高密度細菌集団に対して菌体トラップをすることにより、ガラス状態や相分離状態の核生成を試み、それによって準安定状態も含めた相図の作成を目指す。 高密度細菌集団の支配因子の探求については、当該年度の研究によって、トポロジカル欠陥と細菌集団構造の関係を見出すことができた。今後は、トポロジカル欠陥が細菌の発現状態に及ぼす影響の調査を行い、メカノトランスダクションなど、生物学的な仕組みの理解を試みる。また、二種類の細菌集団の競合過程への配向秩序やトポロジカル欠陥の寄与を調査するとともに、二種菌集団のアスペクト比などの特徴の違いがもつ効果についても研究を行う。このような取り組みを通して、高密度細菌集団という非平衡大自由度系のマクロダイナミクスがトポロジカル欠陥などの少数因子で支配される可能性を検討してゆく。そのような因子の観測と制御によって、細胞集団の情報物理学的な取り扱いの道が開けていくものと考えている。
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