研究概要 |
研究実施計画に基き実行した三つの研究テーマに関する成果を報告する. 第一に,多層カーボンナノチューブの光吸収スペクトルにおいて,電場偏光がチューブに垂直な場合に生じる反電場効果を計算した.垂直電場による誘導分極により吸収は強く抑制されるが,電子・正孔間のクーロン相互作用による励起子束縛状態の存在による吸収ピークは存在する.単層と同様に励起子ピークは反電場シフトを受け,特に,層間の反電場効果により,内層の励起子吸収強度はさらに抑制されることを明らかにした.さらに,外層と内層で共鳴エネルギーの近い励起子準位が存在する場合,スペクトル干渉によるファノ効果が見られ,層間距離に依存してスペクトル形状が変化する. 第二に,カーボンナノチューブにおける電子・格子相互作用ハミルトニアンから電子・正孔励起状態間の行列要素を計算し,励起子・フォノン相互作用を導出した.不純物散乱と同様に,谷間の結合状態と反結合状態により分類可能であることを明らかにした. 第三に,電荷ドープしたカーボンナノチューブにおける光学吸収スペクトルを,非平衡グリーン関数法により導出した分極の運動方程式を用いて,計算した.ドープされた電荷が形成する金属状態による多体効果を静的遮蔽近似により取り入れた場合,一次元性に起因するバンド端における状態密度の発散を反映して,わずかな電荷量で相互作用は大きく遮蔽される.一電子状態の自己エネルギーと励起子束縛エネルギーは共に大きく抑制され,それらが相殺した結果,全ての励起子共鳴は赤方遷移し,特に基底状態の励起子はパウリ閉塞効果によりさらに束縛が弱められ,少量の電荷ドープにより消滅した.これに対して,保存近似の範囲で最低次の動的遮蔽効果を取り入れた場合,静的遮蔽で見られた特異性は消失し,基底状態の励起子の束縛エネルギーは有限に保たれ,結果が近似の選び方に強く依存することが明らかになった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
単層カーボンナノチューブの励起子微細構造を記述する有効模型を完成させ,多層チューブ,電荷ドープした系に拡張した場合の相互作用遮蔽効果の研究が実施され,カーボンナノ構造における光学応答の解明は着実に進歩している.より一般の低次元電子系における光学応答の研究にも着手しており,低次元系における新奇な光物性の解明につながる成果が得られていることなどから,計画はおおむね順調に進展していると言える.
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今後の研究の推進方策 |
カーボンナノチューブにおける光励起状態における相互作用効果という意味での動的相関に関する研究を継続するとともに,非摂動的に動的遮蔽効果を取り込んだ理論を構築し,動的相関効果を記述する有効理論を完成させる.2次元電子系を有するグラフェンにおいて,有効質量ゼロで速度一定の電子系が示す特異な光学応答を解明し,特に,外場による応答制御の可能性を探る.また,カーボンナノ構造にとどまらず,半導体量子構造など,低次元電子系一般に通用する動的相関効果を記述可能な有効模型を探索し,低次元性に起因する普遍的な光学応答と個別の物質構造に依存した新たな光学特性の解明を目指す.
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