分子機械である蛋白質が機能を発揮するためには、固有の立体構造が必要であるとされてきた。しかし、近年になってこの概念を全く覆す、天然変性蛋白質と呼ばれる一群の機能性蛋白質が数多く見出されてきた。天然変性蛋白質は、折り畳まれていないがために多様な標的の認識を可能にし、標的結合の効率を上げていると考えられている。天然変性蛋白質は揺らぎこそが分子認識の本質であることを示唆しており、蛋白質による分子認識の古典的描像である“鍵と鍵穴"モデルを否定し、誘導適合の概念の大幅な変更を促すものである。天然変性蛋白質は、生理的条件下では変性構造を取るが、標的分子を認識・結合することにより天然構造に折り畳まれる(Coupled folding and binding)。Coupled folding and bindingは、結合が先行する機構と、折り畳みが先行する機構の2通りが原理的には可能であるが、一般には前者は起きないとされていた。我々は、黄色ブドウ球菌核酸分解酵素(SNase)について、生理的条件下では変性構造を取るが機能を持つ変異体を数種作製し、天然変性蛋白質のモデル系を構築することに成功した。この成果を基に、SNaseやジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)、イェロープロテイン(PYP)等の機能性蛋白質を用い、天然変性蛋白質のモデル系を作製し、構造、物性及び機能の詳細な評価を行う。この結果は、揺らぎと機能のかかわりに関する有用な情報を与えると期待される。これらの変異体のダイナミクスを野生型と比較することにより、同じ溶媒条件下で天然構造と非天然構造の構造揺らぎを詳細に解析する。中性子非弾性散乱によるダイナミクス測定の結果は、分子動力学シミュレーションを援用して解析する。これにより、情報揺らぎが構造揺らぎにどのように反映され、構造安定性や反応性の違いとして現れるのかを詳細に解明する。
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