本研究では、生体分子中においてπ電子系が主要な寄与を示す量子移動諸過程の微視的機構を探るための基礎理論と分子シミュレーション手法を開発・応用し、これらが協同的に機能することで実現される生体エネルギー変換の動作原理を分子レベルで解明することを目的としている。具体的には、電子移動、酸素還元、プロトンポンプが協働する膜タンパクであるチトクロム酸化酵素の機能解明を大課題に設定し、そこへ至る小課題として、(1) 銅イオン酸化還元中心の電子状態とダイナミクス、(2) プロトンポンプの経路探索と量子波束シミュレーション、などに関する基盤的研究を推進している。平成24年度の研究成果としては、(1) 23年度までに開発したタンパク質中の長距離電子移動経路解析の新手法を、光合成反応中心におけるキノン間の非ヘム鉄錯体を介した電子移動へ応用、(2) プロトン移動性分子結晶における協同的誘電相転移の研究を、従来の古典モンテカルロシミュレーションから量子モンテカルロシミュレーションへ拡張し、同位体混晶の混成比の関数としての相図の計算と平均場近似との比較検討、(3) プロトンポンプの量子波束シミュレーション手法を確立するための準量子的波束分子動力学法の拡張および水中の水素結合組み換えダイナミクスへの応用、(4) 23年度に開発した原子価結合電子波束法から電子ダイナミクスの研究に向けた基準振動解析による励起エネルギー計算、などについて着実な進展があった。
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