創発化学の重要テーマの一つに、ノイズによる自己組織化がある。ナノスケールほどの領域では、分子数は直接数えられるほどになり、反応も粒子数の確率的な変化と捉えるのが妥当になる。そこで、分子ナノシステムにおける創発現象の理解を深化させるために、パターン形成系のサイズとノイズの影響について検討した(P. Parmananda教授(IIT Bombay)との研究協力)。その結果、反応が確率過程であるとみなせる微小空間では、適切な空間サイズのもとで内生ゆらぎによってパターンが創発される現象が見出された。これは確率共鳴にも似た現象ではあるが、反応場のサイズと熱ゆらぎによって最適化される特異なケースであり、微小空間における分子ナノシステムの構造や機能の創発をデザインする際に考慮されるべき知見である。 上述の知見をもとに、脱ぬれによるC60微結晶の巨大ラセンの創発現象を再吟味した。巨大ラセンを形成する散逸的界面は、溶媒蒸発によって系の空間サイズが大→小へと自発的にスキャンされている系とみなすことができる。この過程で、内生ゆらぎが影響を及ぼす適正しサイズが実現される可能性がある。例えば、巨視的ラセンを誘発する回転モードの出現においては、内生ゆらぎが建設的な役割を果たしている可能性が示唆される。 最終年度にあたり、巨大対数ラセン構造が創発する一般条件について実験的検討を加えた。種々の化合物を用いて脱ぬれ実験を行った結果、巨大ラセンの創発を可能にする溶液が満たすべき条件として、溶質の溶解度が低く、溶媒の蒸発速度が大きく、溶液の流動性が高い、という3つが抽出された。液膜の脱ぬれによる巨大ラセンの創発というマクロな自己組織化現象を、溶質と溶媒の分子物性から解き明かす道筋が実験的に得られたのは本課題における大きな収穫であった。
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