研究概要 |
本研究課題は、『ATPとの結合形成/ADPへの加水分解に連動して開/閉運動する筒状タンパク質集合体「シャペロン」の改変体が、ある条件下で一次元に自己集合し、数ミクロン以上の長いチューブ状構造体を与える』という申請者らのごく最近の発見をもとにしている。申請者らがデザインしたシャペロン改変体は、光異性化可能なスピロピランユニットを筒の両端にそれぞれ24個有している。位置特異的に導入されたこれら多数のスピロピランユニットが金属イオンを介して相互作用することにより、シャペロンの一次元の連結,すなわちシャペロンナノチューブの生成を達成している。修飾位置のチューニングなどにより、二次元や三次元の明確な集積体を創出することも可能であると考えられる。 本研究では、(1)ATPによるシャペロンの開閉運動、(2)連結を担うフォトクロミックユニットの光異性化がもたらす構造的摂動を引き金に、集積構造の次元性を創発的に相互変換させる仕組みを開拓する。また、バイオ系のメンバーと協調しながら、薬物や遺伝子などの知的なデリバリーの実現を念頭においた集積体の機能開拓を行い、刺激応答性を有するナノバイオマテリアル科学の新機軸を樹立する。 前年度までの研究で、ナノチューブの形成にはスピロピラン/メロシアニンでの修飾が必須であり、2価の金属イオンの添加が効果的である事が明らかとなっている。また、シャペロンのATPに応答した樽状構造の開閉運動がシャペロンナノチューブに与える影響を調べたところ、ある濃度以上のATPの添加によってナノチューブが解離することを見いだしている。 本年度は、シャペロン改変体のゲスト取り込み能と、ゲストを取り込んだ状態での集合体形成能、さらに、ゲストを取り込んだナノチューブのゲスト放出能について検討を行った。ゲストとなり得る変成タンパク質の存在下、シャペロン改変体の集合挙動を検討したところ、ゲストを取り込んだ状態でナノチューブを与える事を見いだした。このナノチューブにATPを添加すると、期待通り、ナノチューブの解離とともに、ゲストタンパク質の放出とリフォールディングが起こることが確認できた。このことは、バイオナノマテリアルを用いたドラッグデリバリーシステム(DDS)への応用を期待させる大きな成果である。 本申請研究の最中、興味深い発見がなされた。合成された新規くさび型ポリマーの溶液をシリコン基板上に滴下すると、細孔が規則正しくヘキサゴナルに整列したハニカム構造が形成されることを見いだした。この構造は散逸構造(創発現象)として知られているものであり、溶媒蒸発の過程で微少な水滴が表面に密にパッキングすることによって形成される。類似のハニカム構造は構造は異なる立体規則性ポリマーからも得られるが、細孔の大きさはまちまちであり、そのパッキングもランダムであった。これまで、ポリマーの立体化学が巨視的なモルフォロジーを決定づけた例は無い。また、散逸構造の理論にもポリマーの立体構造のパラメータは考慮されていない。従ってこの観測結果は、散逸構造に関する実験と理論の両分野に一石を投じる可能性を秘めていると言える。
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