線虫C.エレガンスは順遺伝学が行い易い上全神経回路が既知であり、動物の行動が遺伝子と神経回路の機能に依存してどう変化するかを解明するために有用である。この目的のもと研究を進め、本年度以下の成果が得られた。 1)線虫は匂い物質に曝され続けるとその匂いへの走性を失う。これを嗅覚可塑性または嗅覚順応と呼ぶ。この行動可塑性が線虫の個体の密度に依存することを見いだした。個体群密度情報はアスカロシドと呼ばれるフェロモンにより介在されることがわかった。さらに、フェロモンの情報を伝える分子として分泌性のペプチドSNET-1を同定した。SNET-1はASI感覚神経などいくつかの神経に発現し、その発現量はフェロモンにより負に制御される。 2)東京大学(現京都大学)の大久保、東京大学の増田との共同で、線虫の行動の定量化解析を行い、新たな統計的性質を見いだした。線虫は寒天平板上でランダムにカーブしながら運動する。このカーブ率が正規分布に従わず、long-tailの分布を示していた。このことは、カーブ率に含まれるノイズが均一ではなく、カーブ率に伴って増加すると仮定すると説明できる。動物の行動が物理的なランダムウォークと異なる性質をもつという点が重要である。 3)九州大学の石原らとの共同で、線虫が好む匂いと嫌う重金属が同時に与えられたときの行動選択の機構について知見を得た。分泌ペプチドHEN-1と新たに同定した受容体型チロシンキナーゼSCD-2(Alkのホモログ)が行動選択に働く。匂いを受容するAWA神経と重金属を受容するASH神経の両者から入力を受けるAIA介在神経でSCD-2が働き、ここにおける制御が行動選択を左右するという機構が明らかとなった。 4)昨年度より進めていた線虫を高速で追尾しながら神経細胞の活動をイメージングする装置のセットアップを終え、来年度にかけて実際の測定のための条件検討を開始した。
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