バルク水中でのATP+H2O→ADP+Piおよび対応するピロリン酸の加水分解反応の平衡解析を行った。反応物・生成物の化学種の水和自由エネルギーの計算にはエネルギー表示法を用いた。計算条件の設定を行い、ns程度のMDで、自由エネルギー値が収束することを見出した。水和自由エネルギー値は、共有結合エネルギーに匹敵する大きさであり、水和効果が大きな影響を与えることを示す。リン酸部分の水和自由エネルギーが、大きな寄与をしていることを見出した。さらに、ATPおよびリン酸のNMR緩和測定によって、多価機能性イオンが水分子の回転ダイナミクスへ及ぼす影響を評価した。イオン価数との相関を見出している。また、タンパク質構造への水和効果を、水和自由エネルギーを鍵として検討した。対象とするタンパク質(溶質)として、horse heart cytochrome c(PDB:1HRC、104残基+heme、1748原子)を用いた。ここでの水和自由エネルギーの計算にも、エネルギー表示法が有効であることが分った。1および2ns程度の計算で0.25%および0.16%の誤差で、水和自由エネルギーが求められている。タンパク質の分子内相互作用エネルギーと溶媒和自由エネルギーの配座依存性の間に、補償関係が成りたつことが分った。平衡ゆらぎのような微小な構造変化では自由エネルギーはほぼ保たれるが、2つのエネルギーの補償関係はこのことを示す結果になっている。また、溶媒和自由エネルギーと溶媒和エネルギーの間の強い相関が見出した。これは、cytochrome cの平衡ゆらぎへの水和効果に溶質-溶媒間の引力的相互作用が大きく影響することを示す。
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