連続体近似溶媒効果理論と量子化学理論を結合した計算により、ATP及びその類似体の加水分解反応の水中での自由エネルギーを評価した。また、得られた自由エネルギーを内部エネルギー項、並進・回転・振動エネルギー項、静電的水和エネルギー項及び非静電的水和エネルギー項に分割し、各項の寄与を定量的に評価した。ATP類似体としては、ATPリン酸結合の最小モデルであるピルビン酸、ATPよりも大きな加水分解エネルギーを持つといわれるホスホエノールピルビン酸、高エネルギー結合をもたないグルコース1-リン酸を含め、実験データのある総計20種程度のリン酸化合物を対象とした。これらすべての計算結果を総合して、ATPの加水分解自由エネルギーへの水和の寄与を明かにした。 ABCトランポータの機能発現機構におけるATPの役割を解明するため、ABCトランポータとしてSav1866を取り上げ、2つのATPがヌクレオチド結合ドメイン(NBD)に結合した状態、1つのATPが結合した状態及び非結合状態に対する分子動力学シミュレーションを実行した。得られたトラジェクトリーデータに基づいて、平衡構造での蛋白質の揺らぎを相関運動の観点から解析し、各状態の主要運動モードを抽出した。その結果、ATP非結合状態では、NBDの運動と膜貫通ヘリックスの運動がカップルし、後者にhinge-bending運動が生じることが判明した。このような運動は、トランスポータを初期状態にリセットし、次の基質(薬剤)を取り込むために必須と考えられる。一方、ATP結合状態ではTMDにこのような運動は見られなかった。最終的に、3状態の主要運動モードを比較検討することにより、構造変化の時間発展について大まかな知見が得られた。
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