1. マウスABCB1トランスポーターのinward-facing構造に対し分子動力学(MD)シミュレーションを実行した。その結果、細胞内側に向かって開いていた構造が時間の経過とともに徐々に閉じていき、約30ns経過後ヌクレオチド結合(NBD)ドメインが接近した構造が得られた。この状態では、2つのATP結合ポケットの内、片側だけが互いに接近しており、細胞質側から見ると"ハ"の字の形をしていた。MDトラジェクトリーに対し主成分解析を実行したところ、このタンパク質は2つのNBDが互いに逆回転する運動モードを第一主成分として持つことが判明し、このような非対称構造に到達する理由が説明できた。この構造は、outward-facing構造に至る過程で生じる中間体ではないかと推定される。 2. ABCトランスポーター(MsbA)のエンジン部分(NBD)と動作部分(膜貫通ヘリックス;TMD)を接続するトランスミッション部分(カップリングヘリックス)の役割を調べるため、この部位にアミノ酸変異を導入した変異体の分子動力学シミュレーションを実行した。NBD-TMD間の相関運動の変化を解析したところ、TMDの蝶番運動モードのみがトランスミッション部位の変異で大きな影響を受けることが判明した。言い換えると、基質の排出に必須な蝶番運動モードのみが、カップリングヘリックスを介してNBDと力学的結合をしていることは非常に興味深い事実である。 3. ATPのモデルとしてピロリン酸を取り上げ、その加水分解自由エネルギーを連続体近似の溶媒モデルとab inito分子軌道計算により評価し、分子内及び分子間エネルギーの寄与を明確にした。その結果、前者は大きな発熱過程であるが、後者の吸熱過程によりその大部分が相殺され、全エネルギーは高々~10kcal/mol程度になることが判明した。これより、多くの生化学の教科書はATPの高エネルギー結合の起源に関して間違った記述をしていることが明かとなった。 4. 領域内共同研究者である木下の開発した形態熱力学理論を応用して、タンパク質-リガンド間結合自由工ネルギーを精度高く再現する計算手法の確立に成功した。
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