1.昨年度に引き続きマウスABCB1トランスポーターのinward-facing構造に対しMDシミュレーションを実行した。NBDにATPが結合した系と結合してない系の挙動を比較したところ、前者では細胞内側に向かって開いていた構造が時間の経過とともに徐々に閉じていきヌクレオチド結合(NBD)ドメインが接近した構造が得られたが、後者ではNBD間がより開いた構造に収束した。前者の構造では、2つのATP結合ポケットの内、片側だけが互いに接近しており、細胞質側から見ると"ハ"の字の形をしていた。MDトラジェクトリーに対し主成分解析を実行したところ、このタンパク質は2つのNBDが互いに逆回転する運動モードを第一主成分として持つことが判明し、このような非対称構造に到達する理由が説明できた。この構造は、outward-facing構造に至る過程で生じる中間体ではないかと推定される。 2.ABCトランスポーター(MsbA)のエンジン部分(NBD)と動作部分(膜貫通ヘリックス;TMD)を接続するトランスミッション部分(カップリングヘリックス)の役割を調べるため、この部位にアミノ酸変異を導入した変異体の分子動力学シミュレーションを実行した。NBD-TMD間の相関運動の変化を解析したところ、変異体では蝶番運動モードが消失することが明らかとなった。言い換えると、この部分がoutward-facingからinward-facingに戻るために必須の運動が消失することを示しており、NBDとTMDの力学的結合を担っていることが明らかとなった。 3.Sav1866のoutward-facing構造のATP結合状態、(ADP+Pi)状態、ADP結合状態及びヌクレオチド非結合状態に対し、MDシミュレーションを実行し、ATP加水分解後のどの段階でinwardへ向かう運動が誘起されるか調べた。その結果、Piが抜けた後(ADP結合状態以降)であることが判明した。ATP加水分解とTMDの動作とは直接的には共役してないことが示唆された。
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