本研究では、ATP加水分解反応の自由エネルギー変化を力学的な仕事に変換するモーター蛋白質の変換機構の実体について、周囲の溶媒和ダイナミクスも取り入れた形で明らかにするのが最終目標である。前年度までに、モーター蛋白質であるアクトミオシン1分子のエネルギー変換中間状態を捉えるための顕微鏡開発(Ultrafast Force-clamp spectroscopy)および、DNAナノテクノロジー(DNAorigami)を用いた中間状態検出用ツールの開発に成功してきた。これらの独自技術を用いることで、ミオシンV、VIのエネルギー変換素過程の可視化に成功し、溶媒変調時に素過程がどのように応答するか観察を重ねてきた。 プロジェクト最終年度である本年度では、水和状態を変調するためにショ糖を加えた状態での運動素過程の観察に加えて、ストップドフローを用いたATP加水分解反応測定、光ピンセットを用いた1分子破断力測定を行うことで、エネルギー変換時に水和状態の摂動がどのように影響を与えるか考察を行った。 DNAorigamiを用いた運動素過程計測では、ショ糖を加えることで、ミオシンモーター部位がアクチンフィラメントに沿って解離せずに1方向運動するのが観察された。ストップドフロー実験では、モーター部位にATPが結合した後に通常起こるアクチンからの解離が遅くなっており、ショ糖によってモーター部位とアクチンとの親和性が上昇していることが強く示唆された。ミオシンがアクチンから破断されるまでに必要とされる力の測定でも、ショ糖存在下ではより大きな破断力が観察された。これらの結果から、ショ糖によってアクトミオシン周囲の水和水が脱水和され、かつ水の並進エントロピー効果が強められたことによりミオシンアクチン間の親和性があがり、その結果として、ミオシンがアクチンフィラメントに沿って力発生を行っていると考えることができる。
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