本申請研究は演奏技能の限界を突破するために,限界の規定要因の同定と限界突破のためのトレーニングの創出を目標とする. これまで実験研究を通して,大規模なピアニストの技能の個人差を説明する感覚運動機能の同定や,技能の同定を行った.ピアニスト50名の手指の筋力や解剖学的特徴,力触覚機能や,連続打鍵制御における力制御・タイミング制御のスキルの特徴を用いて,演奏パフォーマンスを説明する回帰モデルを開発し,パフォーマンスに関連する技能情報の同定に成功した(Oku and Furuya 2022). ピアニストを対象としたPlyometric Trainingを行い,トレーニングが力制御の正確性や筋活動制御に及ぼす影響を評価する実験研究を行った.その結果,ピアニストに対するPlyometric Trainingが力制御の巧緻性を向上することや,背景にある運動生理学機序の同定に成功した(Muramatsu et al. 2022). さらに,これまで限界突破の効果を発見したActive Haptic Trainingの背景にある機序を明らかにするための実験研究を行い,筋活動制御様式の変容や感覚フィードバック情報の利活用などの観点から従来の運動学習理論を進める新しい知見を得た. これらの研究成果は,エキスパートのスキルが,技能の変容や実施するトレーニングの内容によってどの程度変化するかを決め得ることを示唆しており,従来1万時間の法則で言われてきたような練習の量の重要性に対して,練習内容すなわち練習の質の重要性を示唆する新しい視座を提供するエビデンスであると考えられる.
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