研究領域 | 重水素学:重水素が示す特性の理解と活用 |
研究課題/領域番号 |
20H05739
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
石元 孝佳 広島大学, 先進理工系科学研究科(工), 教授 (50543435)
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研究分担者 |
兼松 佑典 広島大学, 先進理工系科学研究科(工), 助教 (10765936)
宇田川 太郎 岐阜大学, 工学部, 助教 (70509356)
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研究期間 (年度) |
2020-10-02 – 2023-03-31
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キーワード | 重水素 / 理論化学 / 量子効果 |
研究実績の概要 |
重水素化物質の安定性・反応性の制御や薬理活性の本質的な理解のためには、デューテロンの量子性が重水素化物質の電子状態に与える影響を正しく理解することが必要である。これまで、重水素は水素の同位体であるため、化学的・物理的性質は質量の違いを除きほぼ等価である、と考えられてきたが、構造や物性に関する様々な実験の積み重ねで水素・重水素化物質の電子状態の違いが明らかになりつつある。 本申請では、重水素化物質の物性や反応性に関する本当の姿を明らかにするために、重水素化物質に対して、Born-Oppenheimer (BO)近似を用いない、つまりnon-BO型の新規量子論の構築に取り組む。さらに、重水素化物質の電子状態や物性、KIEの解析、反応溶媒(D2Oなど)・酵素との安定性、反応性に関する解析を通し、重水素化物質に対する新たな概念を創出する。 本年度は特に、重水素医薬品のモデル化合物における水素・重水素引き抜き反応のH/D同位体効果を解析した。モデル化合物には代表的な重水素医薬品であるデューテトラベナジンの部分構造を模したアニソールを使用した。-CH3/CH2D/CHD2/CD3の4種類のメチル構造を用意し、酸素ラジカル部分への水素・重水素移動における活性化エネルギーを算出し、速度論的同位体効果(KIE)を決定した。重水素の数が増えるに従い、移動する重水素の活性化障壁は高くなり、大きなKIEが得られた。この時、水素結合部分に関する幾何学的な同位体効果や水素・重水素周辺の電子状態変化も確認することが出来た。今後はより現実的な系に開発手法を適用し、生体内反応における重水素効果について解析する。また、計算手法としては、励起状態やNMRなど実験で観測可能な物性値に対して水素・重水素の違いを記述できるような方法論の開発・改良に取り組んだ。さらに、他のチームと連携し、新たな研究対象に開発手法の適用を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の成果として、重水素医薬品のモデル化合物に対するKIEの解析を行った。10月からの短い期間ではあったが、十分な成果を上げることが出来、得られた結果を現在論文としてまとめている段階である。計算手法の開発については、当初、オンサイトでの定期なミーティングを予定していたが、新型コロナの影響もあり、オンサイトでのミーティングは一切できなかった。代わりにオンラインで何度かやり取りすることで、大幅な遅延など生じることなく、理論の開発や応用研究含めて、多角的に研究を進めることが出来ている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究については以下にあげる2項目について重点的に取り組む。 A.重水素化物質のためのnon-BO型量子化学計算手法の構築 重水素化物質中に含まれるデューテロンの量子効果が電子状態に与える影響を露に考慮するために、本申請ではBorn-Oppenheimer (BO)近似を用いずSchrodinger方程式を解くnon-BO型量子化学計算手法を開発する。まず、汎用量子化学計算プログラムGaussian16に開発手法を実装し、MP2やCIなどへの拡張に取り組む。併せて、汎用性の高い密度汎関数理論(DFT)への適用範囲の拡大に取り組む。また、速度論的同位体効果(KIE)の解析に必要な遷移状態計算を高効率に実行するために、NEB法を採用し、開発手法とNEB法の連結に取り組む。また、溶媒や酵素などの周辺環境の影響を計算モデルに反映させるために、分子力場と組み合わせたQM/MM法へ展開する。本手法の開発においては、すでに実用化されているONIOM法のようなQM/MM法に開発手法を実装する。 B.重水素化物質に対する新概念の創出に向けた解析 デューテロンの量子性が重水素化物質の基礎物性に与える影響に関して、重水素置換部分のC-D/N-D/O-Dの結合強度やO脱メチル、N脱アルキル部分の結合解離エネルギーおよび結合距離について水素置換体との比較から明らかにする。本年度は特に、O脱メチル化反応に着目し計算を進めていく。-O-CH3/CD3基における重水素置換効果として、C-H/C-D結合長変化に加え、H/D周辺の電子状態変化について解析する。さらにラジカル種また、QM/MM計算により重水素化物質と酵素間での相互作用様式についての解析に次年度以降スムーズに取り掛かるための予備的検討にも着手する。
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