本研究では、領域内の研究者が合成した選択的重水素医薬品を用いて、酵素反応速度論的解析により、P450 KIEを定量的に評価すると共に、構造解析等に基づくP450と医薬品との結合様式から、KIEの機序を解明することを目的としている。 2個のN-メチル基の水素を重水素に置換したベンラファキシン-d6の代謝反応において、CYP3A4によるN-脱メチル化反応には、中程度のin vitro KIEが認められた。しかしベンラファキシンの消失全体にしめるCYP3A4による代謝の寄与が小さく、重水素化はベンラファキシンの血中濃度には影響を及ぼさないと考えられた。また、N-メチル基の重水素化は、CYP2D6やCYP2C19によるO-脱メチル化反応へのメタボリックスイッチを引き起こすことが示された。芳香環の水素を全て重水素化したワルファリン-d4、フルルビプロフェン-d8は、CYP2C9によるin vitro代謝において、臨床上重要となるintrinsic clearanceに対するKIEはほとんど認められず、芳香環水酸化反応では水素原子の引き抜きが酵素反応の律速にはならないことが示唆された。アルコール性水酸基のα水素を重水素化したロサルタン-d2では、CYP2C9及び肝ミクロソームによる代謝において、顕著な一次KIEを認めた。ラットを用いた単回経口投与による薬物動態試験において、ロサルタン-d2は、代謝物のCmax、AUCを有意に変化させ、in vivo KIEを認めた。一方で、X線結晶構造解析、及びITCを用いた解析により、重水素化はCYP2C9との結合様式及びKd値にはほとんど影響しなかった。 以上より、in vitroでKIEの程度を予測するにあたり、個々の医薬品の代謝部位、種々の代謝経路に関与するP450分子種、その経路の全消失に占める寄与率を総合的に判断することが重要と考えられた。
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