研究領域 | 高密度共役の科学:電子共役概念の変革と電子物性をつなぐ |
研究課題/領域番号 |
20H05865
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
久保 孝史 大阪大学, 大学院理学研究科, 教授 (60324745)
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研究分担者 |
瀧宮 和男 東北大学, 理学研究科, 教授 (40263735)
芥川 智行 東北大学, 多元物質科学研究所, 教授 (60271631)
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研究期間 (年度) |
2020-11-19 – 2025-03-31
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キーワード | 高密度共役 / X-conjugation / 分子間相互作用 / 分子集積 / 熱運動抑制 |
研究実績の概要 |
有機化合物が集合化してできる分子性固体では分子間に働く相互作用が弱いことから,分子が緩やかに結合した状態にある。そのため,室温程度の低いエネルギーであっても,電気伝導や超伝導などの巨視的物性を妨げる要因となる。また,緩やかな結合状態であるために分子間の波動関数の重なりが大きくならず,分子の個性を大きく超える物理現象を発現させるのが難しいという欠点にもつながる。このような有機物質の“常識”を覆すには,分子を著しく密集させることで常態からの脱却を図る必要がある。本研究課題では,分子間に働く相互作用を極大化することで,分子間空隙を極端に排除した高密度の分子集積状態を達成し,熱による分子の運動を限りなく抑制することと,分子の波動関数を物質全体に広げることで,分子を超越した新しい電子状態“X”-conjugationが備わる物質を生み出すことを目指している。 2022年度は前年度まで実施していた研究を継続し,多点的な不対電子間相互作用,静電相互作用,カルコゲン結合を利用した高密度共役実現のための分子合成を行った。具体的には,マルチフルオレニルラジカルの合成,アニオン性n型半導体材料であるNDI誘導体の分子集合体の構築,セレノメチル基を導入したピレン系半導体化合物の合成,メチルカルコゲノ基を有するベンゾジカルコゲノフェン誘導体の合成,の成果を得た。また,合成した化合物や分子集合体の物性評価を行った。得られた研究成果は,高密度共役を実現するための重要な知見を与えるものとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度の成果を以下に述べる。 1)不対電子間相互作用を用いた分子間空隙の極小化・固定化(久保):π平面同士が極限まで密着・固定化された分子集積体を得るため,分子骨格周辺部にハロゲン原子を導入したフェナレニルラジカル誘導体の合成に挑んだ。既知化合物であるフェナレノンを出発物質として8段階でラジカル前駆体となるトリブロモフェナレンの合成・単離に至った。その後、還元,脱水素反応により、目的のラジカルの生成・単離に成功した。このラジカル種は結晶中で面間距離が3.05Åのπダイマーを形成しており、不対電子間相互作用が分子間空隙を極小化する手段として適切なものであることが分かった。 2)静電相互作用を用いた分子間空隙の極小化・固定化(芥川):アニオン性n型有機半導体に柔軟なエチルスルフォネートを導入した静電結晶格子に対して、対カチオンであるアルカリ金属イオンのサイズを制御することで、有機半導体へのH2Oの出し入れに伴う伝導度スイッチングを実現した。 3)カルコゲン結合を用いた分子間空隙の極小化・固定化(瀧宮):酸素、硫黄、セレンの三種のカルコゲン原子を自在に組み合わせ、計9種のメチルカルコゲノ化されたベンゾジカルコゲノフェンを合成し、それらの分子構造、結晶構造、分子間相互作用、電荷輸送特性を調査し、カルコゲン原子の効果を調査した。また、同様のメチルカルコゲノ基の効果の検証をピレン系においても実施した。その結果、含酸素系は結晶構造制御には効果があるものの、分子間の軌道間カップリングに対する寄与が小さいこと、含セレン系では局所的な分子間相互作用に寄与する一方で、異方性の高い構造を与えることが明らかとなった。これらの知見は含カルコゲン分子を用いた分子間空隙の最小化において重要な知見を与えるものである。
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今後の研究の推進方策 |
分子間空隙を極小化し固定化するには、分子軌道の広がりや結晶中における分子同士の相対配置などが重要であることから、かなり緻密な分子設計が要求される。これまでの研究で、強い分子間相互作用に関する知見はある程度得られているものの、著しく接近した距離でπ平面同士を固定化するには不十分であることから、新たな分子設計指針に資する知見を得る必要がある。そこで、全研究期間の後半においては,研究期間前半で得られた強い相互作用を生み出す基本分子骨格や,置換基の種類・位置・数などに関する知見を活かし、有望な分子を絞り込むことを目標とする。 2023度は前年度に引き続き,全体計画の一部を継続的に実施する。 1)不対電子間相互作用を用いた分子間空隙の極小化・固定化(久保):分子内に不対電子を複数個有するマルチラジカル種を設計・合成し、不対電子間相互作用の多点化が面間距離にどのような影響を与えるかを調査する。また、不対電子間相互作用に加え大きな分散力が働く分子の合成にも着手する。 2)静電相互作用を用いた分子間空隙の極小化・固定化(芥川):アニオン性n型有機半導体を用いて、プロトン伝導性の付与が可能なエチルフォスフォネート基を導入した静電結晶格子を設計する。リン酸アニオンの縮合脱水反応に伴う高密度強共役状態の実現と、それに伴う複合スイッチング機能の発現を目指した検討を進める。 3)カルコゲン結合を用いた分子間空隙の極小化・固定化(瀧宮):有機半導体の結晶構造シミュレーションを検討し、メチルカルコゲノ基を置換したペリ縮合多環芳香族に特徴的なレンガ塀構造の精密なシミュレーション手法を開発し、種々のペリ縮合多環芳香族誘導体の予測結晶構造を基に高移動度有機半導体候補を探索し、その実験的検証を行う。
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