研究領域 | 散乱・揺らぎ場の包括的理解と透視の科学 |
研究課題/領域番号 |
20H05889
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
木村 建次郎 神戸大学, 数理・データサイエンスセンター, 教授 (10437246)
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研究期間 (年度) |
2020-11-19 – 2025-03-31
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キーワード | イメージングの数理 / 散乱トモグラフィ / 逆解析 |
研究実績の概要 |
本研究では、透過性の低い、すなわち散乱性の高い波動を用いて、物体内部の3次元的な立体構造をいかに映像化するか、散乱イメージングの理論の構築を目指すものである。この問題に取り組む意義として、共焦点方式ではとらえることができない、物体の陰となる構造の可視化が可能となる、すなわち、可視化の対象となる領域のあらゆる点にて数学的に焦点を結ぶ、全点焦点の達成を意味している。さらに、従来の透過性の高い波動が前提となるラドン変換を用いた3次元構造の可視化に対して、興味ある測定対象物に応じた最適な波動の選択と、波長分解能を達成することが目的となる。これらの目的を達成するために、物体に与えた波動が様々な箇所における散乱により、複雑な経路を経て検出器に到達した際に、これらの合成された結果が検出器の出力となるが、物体表面でのあらゆる箇所において観測した結果を用いて、物体内の散乱体の構造を3次元可視化する理論の構築が不可欠となる。本研究では、物体の内部にまで拡張して定義した波動の送信点と散乱点、受信点の3点で定義される散乱場が満たされるべき基礎方程式の導出し、物体表面での観測結果を境界条件として、解析的に解き、映像化関数を導くことに成功した。本理論の適用では、物体表面において、送信点から放たれた無指向性のパルスの応答を、送信点とは異なる場所に設置された受信点で観測するが、物体中における波動の伝搬において、波長に応じた波動の伝搬速度は、空間分解のうの劣化を招くことになる。本年度の研究成果として、伝搬媒質における誘電分散特性が明らかである場合に、この問題を数学的に回避できることを明らかにした。これにより、散乱イメージングにおいて実用上最も重要とされる深部における波長分解能の達成が実現可能となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の計画として、初年度には、波動伝搬の媒質の性質を取り入れた波動散乱の逆問題の解析方法を確立し、プロジェクト全体の前半では、多重散乱の効果を取り入れた解の導出に取り組む。プロジェクトの後半では、これらの一連の理論の実証研究を、マイクロ波散乱や超音波散乱に適用し、散乱イメージング理論の基礎を確立することを目指している。従来のラドン変換をベースとしたトモグラフィに対する、散乱イメージングの意義は、ダイナミックレンジが有限である点と、高エネルギーの波動の測定対象に与える影響である。加えて、後方散乱を用いることで、物体の挟み込みが不要となり、波動の透過性の問題から回避されること、後方散乱の場合、共焦点方式が存在するが、物体の陰の問題が解決されることも実用上重要である。現在までの具体的な進捗としては、マイクロ波を用いた散乱イメージングを想定して、媒質が持つ誘電分散の効果を取り入れた、波動散乱の逆問題の解析法の開発に成功した。散乱イメージングにおける実験では、物体表面にて無指向性のパルスを放射し、球面状に伝搬したパルスが、異種物質界面にて散乱した波紋を、物体表面の別の箇所に設置した受信機を用いて時間領域で検出する。この際、時間領域においてパルスの到達時間は、散乱体の存在箇所の深さに対応し、パルスの強度は、“異種物質界面における物性の差の大きさの度合い”、マイクロ波イメージングの場合は、誘電率の差に対応する。この際、波動散乱の逆問題の解析を実施し、得られた画像における空間分解能は、パルスの先鋭度に依存し、波長に依って波動の伝搬速度が異なる誘電分散が存在する場合は、伝搬と共にパルスが拡がり、深部において空間分解能が著しく低下する問題が発生する。本研究では、この拡がりを数学的に抑え、深さに依らない空間分解能を達成する理論を見出すことに成功した。
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今後の研究の推進方策 |
今後、誘電分散の効果を取り入れた多重経路散乱場理論の原理実証を、計算機シミュレーションおよびマイクロ波イメージングにて進めていく計画である。マイクロ波イメージングにおいては、マイクロ波の伝搬媒質の誘電分散の観測結果を事前に計測し、この計測結果を基に、パルス伝搬の拡がりを数学的に抑制しながら、多重経路散乱場理論により画像再構成を実施する。散乱イメージングとしての最重要アプリケーションである生体計測、特に癌の非侵襲画像計測においては、生体組織の誘電分散計測を切除標本にて実施し、これらの計測結果の普遍性を調査した上で、別のヒトへの適用性の可否を検討する。多重経路散乱場理論における画像再構成時における誘電分散のパラメータの実際との乖離は、画像における集束性の劣化に繋がるが、集束性を確認しながら調整が可能な計算ソフトウェアを作製する。 誘電分散の効果を取り入れることにより、媒質に依らず深部での多重経路の散乱イメージングが可能となるが、波動伝搬時の減衰が殆ど存在しない媒質においての多重散乱の問題を取り入れた波動散乱の逆問題の解析方法の検討を進める。さらに、実際の散乱イメージングの機器開発において重大な問題となる、送信機と受信機の有限サイズの問題、すなわち送信機と受信機が物理的な有限のサイズを持っているが故に、同一座標に存在し得ないことによる、空間分解能の劣化を改善するための、イメージング理論の構築を進める。これまでに確立した散乱イメージング理論の基礎となる、波動散乱逆問題の解析解である多重経路散乱場理論に、誘電分散の問題、多重散乱の問題、送受信機有限サイズの問題等の、空間分解能を改善するための理論を加えることにより、実用上も重要な価値をもつ、物体内部を透視するための普遍的な理論が世界で初めて確立されたこととなる。
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