研究領域 | 不均一環境変動に対する植物のレジリエンスを支える多層的情報統御の分子機構 |
研究課題/領域番号 |
20H05911
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
杉本 慶子 国立研究開発法人理化学研究所, 環境資源科学研究センター, チームリーダー (30455349)
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研究分担者 |
松永 幸大 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 教授 (40323448)
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研究期間 (年度) |
2020-11-19 – 2025-03-31
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キーワード | ヒストン修飾 / ヒストンバリアント / 転写制御 / 傷害応答 / 器官修復 |
研究実績の概要 |
本研究では、主に植物が不規則変動する複合環境情報を統合する機構、またこうした複合環境情報に応答してプロテオームを最適化する機構の解明を目指している。今年度は温度や光等の複合環境条件が傷害修復応答を調節するしくみの解明を進めた。特に低温~通常温度(17℃~22℃)で生育する植物に較べ、比較的マイルドな高温(27℃)で生育する植物の茎葉再生が著しく昂進するという現象に注目し、27℃では茎葉再生に重要なCUP-SHAPED COTYLEDON 1 (CUC1) 転写因子やオーキシン合成酵素YUCCA (YUC) の発現が顕著に上昇することを見出した。また17℃ではこれらの遺伝子領域にヒストンH2Aのバリアントの一つであるH2A.Zが高蓄積しているのに対し、27℃ではその蓄積量が減少することも分かった。さらにH2A.ZをコードするHTA遺伝子を欠損した変異体では低温でも茎葉再生が亢進することから、低温下でのH2A.Zの蓄積が茎葉再生に対して抑制的に働いていることが明らかになった。 また、光受容体に注目して茎葉再生に必要な光シグナル経路の同定を行った。フィトクロム,クリプトクロム,フォトトロピンの変異体の茎葉再生における表現型解析を行った。その結果、青色光受容体のクリプトクローム(CRY)の変異体のみが、一個体当たり再生したシュートの平均数が減少した。このことは、CRYが茎葉再生に関与していることを示唆している。さらに、CRY変異体において、遺伝子発現の変動が見られるか、茎葉再生の各段階からRNAを抽出して、RNA-seq解析により変動遺伝子群の同定を進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度得られた結果から、植物が温度変化に応じたH2A.Zの増減によって再生関連遺伝子の発現量を制御し、傷害修復応答を調節するという可能性が見えてきた。また共同研究からは、高温では維管束系の再生も亢進すること、またこの傷害修復応答にもYUC遺伝子の発現上昇が重要であることが明らかになった。さらに、傷口付近で強い傷害応答を示す細胞やその核だけを単離し、RNAseq、ChIPseq解析を行う実験系の確立を進めた。これまでに傷害応答を示す細胞をマーカー遺伝子の発現によって標識する方法、またセルソーターによって特定の標識細胞だけを単離する方法を確立することができたさらに、傷害等のストレスが転写開始点変化を引き起こすことでプロテオームを変化させる可能性を検討するため、傷害もしくは高温ストレス(37℃)付与後のサンプルを用いてCAGE-seq解析を行い、転写開始点が変化する遺伝子の同定を進めた。 CRY変異体のRNA-seq解析から転写量が上下した遺伝子群を同定した。その結果、茎葉再生に関与が報告されている遺伝子群の転写量には、大きな変動が見出されなかった。CRY変異体は茎葉抑制として表現型が見い出されたにもかかわらず、茎葉再生に直接関与する遺伝子の発現が大きく変化しなかったことから別側面から考える必要が生じた。変動した遺伝子群をGO解析した結果、根や細胞壁の形成に関わる遺伝子群の上昇がみられた他、植物ホルモン・オーキシン反応遺伝子も見出された。 これらの成果は初年度に予定していた研究計画に沿ったものであり、本研究は概ね順調に進展していると判断される。
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今後の研究の推進方策 |
先行研究から植物が傷害ストレス付与前後に受容する光が茎葉再生に影響することを見出しており、来年度はこの実験系を用いて具体的にどの程度の強さの光をどの程度の間継続して受容する必要があるのかを調べる。また、この制御へ関与を検討している転写因子の作用機構を明らかにしていきたい。また、光受容体(CRY)の茎葉再生における機能解析を進める。CRY欠損により転写が変動する遺伝子をRNA-seq解析から同定した遺伝子のうち、CRY変異体において遺伝子発現が低下するオーキシン応答転写因子であるARFに絞って研究を進める。ARFの変異体を入手して、茎葉再生の表現型を解析する。CRYの変異体の表現型は茎葉抑制を示したため、ARFの変異体の表現型も茎葉抑制を示すと予想されるが、反対の茎葉促進の表現型を示した場合は興味深いため、そのARFの解析をRNA-seqにより進める予定である。遺伝子発現が変動する遺伝子をARF変異体とCRY変異体間で比較して、共通に制御される遺伝子群の同定を目指す。 さらに、昨年度傷害もしくは高温ストレス(37℃)付与後のサンプルを用いて行ったCAGE-seqデータを用いて、傷害や高温ストレスがどういった転写開始点変化を引き起こすかを解析する。すでに転写開始点が変化する遺伝子を同定しつつあり、これによってどのようなプロテオームの機能変化が起きるのかを調査する。また、傷害誘導性の細胞リプログラミングを促進する因子がヒストン修飾制御に関与するという知見を得ており、その具体的な分子機構の解明を進めることで、傷害ストレスがいかにクロマチン環境を変化させ、遺伝子発現を制御するのかをさらに解明する。これらの研究から、植物が転写、エピジェネティックレベルの制御を介して複合環境情報を統合し、傷害応答を最適化する新たなしくみが見えてくることが予想される。
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