計画研究
2021年度は、浮イネの水位依存的な節間伸長パターンと酸素変動を時空間的に明らかにすることで、浮イネの冠水適応機構の解明を目指した。各節間の伸長開始と伸長停止のタイミングに着目したところ、下位節間において伸長が停止する頃に、その一つ上位の節間において伸長が開始し、この傾向はその後の伸長においても観察された。次に節間伸長と酸素濃度の関係を明らかにするために、冠水下における節間内の酸素変動を計測した。その結果、急激な節間伸長期には大きな酸素濃度変動を示し、その後、急激な伸長が停止すると変動幅が減少した。さらに上下の節間において同時に酸素濃度を計測した結果、急激な伸長停止後も下位節間では大きな酸素変動が見られたのに対し、水面付近の上位節間では酸素変動幅が小さかった。このことは、一つの茎において上下方向の酸素濃度勾配が生じていることを示した。以上の結果より、浮イネは、各節間の発達状態と、植物内の酸素濃度勾配の二つの要因によって節間伸長を制御していることが示唆された。これまでに、イネの誘導的通気組織形成には、カルシウム依存性プロテインキナーゼOsCDPK5とOsCDPK13によるOsRBOHHのリン酸化が重要であることを明らかにしてきた。今年度は、OsRBOHHのリン酸化部位を解析した結果、N末端から92番目と107番目のセリン残基がCDPK5とCDPK13のリン酸化部位であることを解明できた。前年度に化合物スクリーニングにより同定した胚軸伸長を促進する化合物に関しては、シロイヌナズナを用いた遺伝学的解析と各種の阻害剤や刺激剤の処理による解析を通じて、その作用発揮においては植物ホルモンのエチレンのシグナル経路が必要であることが明らかとなった。また、この際には、植物自身が生み出す内因性のエチレンが働く必要があることもわかった。
2: おおむね順調に進展している
浮きイネの冠水依存的な節間伸長を行う生理的な要因である低酸素やエチレンと遺伝子発現制御の分子機構の一端が見え始めた。特に冠水依存的な節間伸長制御の主要因子である、ACE1遺伝子とDEC1遺伝子の機能に関しては、ace1変異体やdec1変異体における遺伝子発現解析や、相互作用因子の選抜を進めるなど分子機能と遺伝子発現ネットワークに迫る研究も進んでいる。また様々な浮きイネ性を保持するイネの選抜と新規遺伝子探索を進めており、研究は順調に進んでいる。イネの根における通気組織形成の研究においては、イネの恒常的通気組織と誘導的通気組織の形成機構の共通点と相違点を明らかにするためにRNA-Seq 解析を進めている。すでに恒常的通気組織形成が低下した変異体と野生型の根の皮層細胞を単離して、RNA-Seq解析を実施しており、概ね順調に進捗している。さらにシロイヌナズの胚軸伸長促進化合物に関しては、作用発揮におけるエチレン経路の重要性が判明するなど、解析は順調に進んでいる。また、同時に進めている耐性変異体の同定に関しても1次スクリーニングの終了時点で約300株の耐性変異体が得られており順調に進捗している。
浮きイネの冠水依存的な節間伸長に関して、最初のトリガーが何で、どこで検知され、どのような遺伝子ネットワークを駆動することで節間伸長が誘導されているか明らかにしたい。また、経時的なステージゲートについても迫りたい。具体的には、冠水の程度と冠水時間によって、どのような遺伝子発現変化が起こっているか調査するとともに、植物ホルモンの時空間的な量の変化を観察する予定である。イネの根における通気組織形成の研究においては、イネの恒常的通気組織形成と誘導的通気組織形成のトリガー因子は異なるが、最終的には類似したプログラム細胞死によって形成されることから、2種類の通気組織形成機構には共通点と相違点が存在すると考えられる。そのことを検証するために、各々の通気組織形成変異体を用いて、下流因子の遺伝子同定を行い、2種類ある通気組織形成の制御機構の解明を目指す。シロイヌナズの胚軸伸長促進化合物に関しては、RNA-seq解析により化合物添加後に作動する現象の全体像を把握する。この際には、翻訳阻害剤を用いて、化合物による1次的な効果を2次的な効果と区別する工夫を行う。また、エチレン経路の変異体も活用し、エチレン経路依存の効果と非依存の効果を区別する。さらに、耐性変異体群に関しては2次スクリーニング以降を進め、着目すべき変異体については原因遺伝子の同定を目指す。
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