研究領域 | 素材によって変わる、『体』の建築工法 |
研究課題/領域番号 |
20H05946
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研究機関 | 鹿児島大学 |
研究代表者 |
小沼 健 鹿児島大学, 理工学域理学系, 准教授 (30632103)
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研究期間 (年度) |
2020-11-19 – 2025-03-31
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キーワード | オタマボヤ / ハウス / セルロース / 数理計算 / 表皮 / セルロース繊維 / CesA / 3D形成 |
研究実績の概要 |
オタマボヤは、表皮細胞から分泌される「ハウス」と呼ばれる袋状の構造に棲んでいる。ハウスはセルロースを含んでおり、海水中のプランクトンを濾し取って食べるための網目や流路(ダクト)が規則正しく配置された、複雑な三次元構造を備える。オタマボヤは、スペアのハウスを2-3枚、折りたたんだ状態でまとっており、外側の一枚を膨らませて使用する。代表者は予備実験をもとに、ハウスは「繊維状の素材」の組み合わせ、すなわち編み物(織物)とみなせると作業仮説を立てて、その実体の理解に取り組んだ。以下、本年度の成果の概要を述べる。 (1) ハウスの3D構造についての画像データの取得に成功した。ハウスはオタマボヤが内側から水圧をかけることで形を維持している。このため、固定すると容易に変形してへしゃげてしまう。この問題を解決する工夫を数年にわたり重ね、「ゼリー化試薬をもちいて固めてからセルロースを蛍光染色し、これを正立型双方向ライトシート顕微鏡 (QuViSPIM、総括班の共同利用機器)をもちいて記録する」方法を確立した。これにより、ほぼインタクトな状態の3D画像を取得できるようになった。 (2) 網目形成に、細胞骨格がかかわることが分かった。Fアクチンの重合阻害剤で処理したオタマボヤはハウスをつくるものの、餌フィルターや入口の格子状の網目が正しく形成できなくなる。さらに、網目形成の初期過程を観察することにも成功し、その結果、細胞骨格にそってセルロースの微小繊維を網目状に並べていく過程が過去に考えられていたものと異なることが分かった。 (3) セルロース合成酵素(CesA2)のホールマウントin situ hybridizationを確立した。その結果、ハウス形成のサイクルを反映するようにCesA2の発現領域に個体差があることや、これまで着目されていなかった表皮領域にCesA2が発現することが分かってきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究のおもな計画は、ハウス形成をものづくりの視点からとらえ、(1) セルロース繊維の形成(一次元、ナノレベル)、(2) 網目の形成 (二次元の布状構造、マイクロレベル)、(3)ハウスの三次元構造の理解(ミリレベル)、それぞれのスケールから調べることにある。 本計画研究において最も困難であった実験が「ハウスの3D形態を撮影すること」であった。ハウスは柔らかく、細胞の固定法では変形してしまうため、正確な形状がわからないからである。蛍光顕微鏡やマイクロCTをもちいて、これまで数年にわたりこの問題を解決するために試行錯誤を続けてきた。今年度はついにこの問題を克服し、ほぼインタクトなハウスの3D構造の蛍光観察とZスタック画像の取得ができるようになった。計画班の船山グループによるQuViSPIM画像撮影の支援をはじめ、さまざまな班員のご協力のもと試みてきた数多くの取り組みが結実したものである。研究開始時の計画については、実行可能性の問題はおおむね克服の目処が立ったと言えるだろう。 さらに、網目形成のしくみや、CesA2の発現領域についても理解が進んでおり、上記 (1)-(3)すべてについて進展を得た。以上から、おおむね順調に進んでいると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
ハウスの三次元構造が記録できる状況に達したので、これを活用して以下 (1)-(3)を進める。 (1) ハウスの3Dプリンティング(計画班の山崎グループ、秋山グループとの連携)。内部構造の理解はもちろん、啓蒙活動にも役に立つと期待される。 (2) 表皮上でつくられる「ハウス原基(折りたたみ)」と「完成したハウス」との対応づけ。これらの三次元画像をもとに、その展開についての力学計算を実施する。すなわち、計画班の井上グループと連携してハウスを構成する各シート(平面)の変形としてハウスの展開を数理計算していただくことを目指す。実際の実験データ(Zスタック画像)から、シートの各部位の表面形状を抽出することを試みていく。 (3) ハウス原基の一部に油滴を埋めこみ、完成したハウスのどの部位に対応するのかマークする。さらに「ハウス原基の展開開始」について、その動画撮影、蛍光Zスタック画像の取得、走査型電子顕微鏡観察を継続する。これらにより、(2)の試みを実験面からサポートする知見を得る。 これらに加えて、「網目形成のしくみ」や「CesA2の発現によるハウス形成サイクルの解明」に取り組む。前者については、セルロース繊維を細胞上に網目状に配列させるために、細胞上でどのような変化が起きているかが問題といえる。細胞膜のライブイメージングによって、その観察を試みる。後者については、CesA2の発現細胞の表皮上での位置を、1細胞レベルの精密さでマッピングする。このために蛍光 in situ hybridyzationを実施する。 ハウス形成については、開始当初の3年前に比べて理解がかなり進んだ。これはこのとりくみが領域全体に周知され、理論系と実験系、また計画班と公募班をとわず、さまざまな協力(連携)をいただいたお陰といえる。これを進めて、表皮からハウスの3D構造をつくりだす原理の理解を目指したい。
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備考 |
奄美テレビ放送で、研究内容が1時間番組2本にわたって特集された。
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