研究領域 | 素材によって変わる、『体』の建築工法 |
研究課題/領域番号 |
20H05948
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研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
秋山 正和 富山大学, 学術研究部理学系, 准教授 (10583908)
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研究期間 (年度) |
2020-11-19 – 2025-03-31
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キーワード | 形態形成 / 数理モデル / 数値計算 / 反応拡散方程式 |
研究実績の概要 |
本領域では生物の形態形成の過程を明らかにしつつ,そこから得られた知見を基にミウラ折りを例とするような,人間の社会生活・工学などに応用可能な対象を見つけることを目的としている.この目的を達成するため,主に秋山班では「数理」を担当しており,実際の生物現象とそれを説明するための数理モデルの研究を重点的に行なっている.以降では,実験系研究グループとの共同研究に関して概略を述べる. 公募班の松尾 光一氏(慶應義塾大学)とは,管構造の形態形成に関する共同研究を行なっている.アサガオの弦を例とするように,管は右巻きもしくは左巻きといった構造をとるが,生体内ではそのうち一方のみの構造を取る現象が報告されている.公募班の稲木 美紀子氏(大阪大学)とのショウジョウバエ後腸の形態形成の研究においても腸管は左右性を示すことから,左右性形成は普遍的な現象であり,その数理的なメカニズムを見つけたい.この目的のため,まずは生体内において左右性を示すことが示唆されている器官を対象として,その左右性の度合いを定量的に測定できる方法を検討した. 公募班の進藤 麻子氏(熊本大学)とは,甲状腺内部の濾胞形成に関する共同研究を行なっている.甲状腺を構成する細胞は形態形成のプロセスで大変形を生じ,またその細胞の外に形づくられる濾胞(シスト:グロブリン蛋白などが主要な成分)が甲状腺において重要な働きをしていると考えられている.濾胞は空間的に離れているにも関わらず,あたかも濾胞同士がインタラクションしているかのように振る舞うことが観察されている.本現象における数理モデルを共同研究中である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
公募班の松尾氏およびその指導学生の協力により,エクリン腺(汗を分泌する管構造の器官)の顕微鏡画像を画像解析することで3Dデータを作成し,このデータに対して,空間曲線に対する曲率(管の曲がり具合)と捩率(管の右巻き左巻きを判別する指標)を適用することを発案した.小林亮氏(広島大学名誉教授)の協力により,この解析プログラムを作成し,適用したところ,定量的に左右性を見分けることが可能であることがわかってきた. 公募班の稲木氏とは,ショウジョウバエ後腸の形態形成に関する共同研究を行なっている.3D Vertex Modelを用いたシミュレーションでは,これまでに個々の細胞の捻りの方向性と,腸管全体の左右性の因果関係を確認している.すなわち,個々の細胞に発生させたトルク(細胞の重心を通りApico-Basal方向を回転軸とするような捻り力)の方向依存的に,腸管全体の左右性を再現することができる.この研究では,Apical面とBasal面にトルクをそれぞれ発生させ細胞を捻ることで,腸管全体のキラリティーを生んでいるが,Apical面とBasal面にかけるトルクには任意性があるため,計算上では,パラメータ(α,β)として与えている.トルクの大きさはそれぞれ1に正規化しているため,(α,β)の大きさが重要となる.例えば,(α,β)=(1,0)ではApical面にのみトルクをかけることなる.秋山班でこれまで培ったVertex Modelの高速化技術を用いて,10000通りの(α,β)に対して,網羅的な数値実験を行い,(α,β)と捻転の関係性を調べた.その結果,Apical面よりもBasal面の細胞にトルクをかけるほうが,効率的に腸管全体の捻転を誘発することができることがわかってきた.これは数理的な仮定であり,実際の細胞で本当にそのようになっているかどうかは未解明であるため,稲木氏と共にこの仮説の検証を行なっている.
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今後の研究の推進方策 |
公募班の松尾氏との共同研究では,前述のように構築したプログラムにより,エクリン腺の左右性を定量的に判定できることがわかっている.そこで,この方法を頭蓋骨内のある種の管構造をもつ部位に適用することを計画している.空間曲線は曲率と捩率(および曲線内の任意の1点を指定)により,一意的に定まる.このため,もしこの部位に左右性があれば,曲率と捩率の違いとして現れるはずである.一方,現時点では,実際の管構造の画像データに対して管の中心点を手動でマークしている点,実際の画像にはノイズが含まれる点,捩率の定義から曲率が0に近いエリアでは捩率が大きな値を取る点などの問題があり,このような問題に対してロバストな定量化手法を構築する必要がある.
公募班の稲木氏との共同研究では,仮説の検証を行う計画である.Apical側は腸管の内側であり,その細胞面は当然ながら何にも接していない.一方,Basal側は細胞外Matrixなどに接しており,その細胞面は比較的拘束条件が多い環境といえる.このような環境下で,Basal面にトルクを発生させるためには,Basal面の細胞面が細胞外Matrixとインタラクションしている可能性が示唆される.公募班の松野氏(大阪大学),計画班の近藤氏(大阪大学),そしてシンガポール大のTee氏らは,細胞の回転現象を独立に報告しておりその際,Basal面が基質側にくることがわかっている.この意味で,細胞のトルク発生機構には,細胞外Matrixと細胞による回転現象がキーになっている可能性は非常に高い.しかしながら,拘束条件が多いということは逆説的には,細胞の能動的な回転現象が,細胞外Matrixにより阻害される可能性も示唆される.このパラドックスを解消するため,計算機上の腸管モデルで様々な状況を設定しながら,検証を行う計画である.
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