研究領域 | 分子サイバネティクス ー化学の力によるミニマル人工脳の構築 |
研究課題/領域番号 |
20H05971
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研究機関 | 九州工業大学 |
研究代表者 |
中茎 隆 九州工業大学, 大学院情報工学研究院, 教授 (30435664)
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研究分担者 |
川又 生吹 東北大学, 工学研究科, 助教 (30733977)
小宮 健 国立研究開発法人海洋研究開発機構, 超先鋭研究開発部門(超先鋭研究プログラム), 研究員 (20396790)
嶋田 直彦 東京工業大学, 生命理工学院, 助教 (10423972)
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研究期間 (年度) |
2020-11-19 – 2025-03-31
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キーワード | 分子コンピューティング / 記憶と学習 / 可塑性 |
研究実績の概要 |
ミニマル人工脳の条件反射獲得のための情報処理機構(条件反射回路)を実現すべく,必要となる3つの要素技術の開発を進めた。 (1)増幅機構:化学反応回路に印加される極めて微小な入力刺激(入力分子の濃度)を高利得で増幅する機構について,バルク溶液では十分に非特異増幅を抑制できるが,最終目標である人工細胞リポソーム内での他の反応系との統合には不十分であることを前年度に明らかにした。そこで,多段階にカスケード化した増幅機構に改変して非特異増幅を抑制する性能を高めた上で,2時間程度の反応で十分量のシグナル増幅が可能であることを実証した。 (2)記憶・学習機構:条件反射回路設計の基礎検討を行った。訓練のために繰り返し印加される入力刺激に応答するための再生化機構を,DNA鎖置換反応系にアゾベンゼンによる光反応制御を組み込んだ設計により実証した。さらに,他計画班との連携を見据え,リポソーム内に封入する知的な振る舞いをする分子回路の研究を進めた。知的な分子回路の例題として,「記憶」が可能なDNAカウンタ回路の開発に着手した。DNAカウンタ回路は,DNA分子を材料として構成され,同一のDNA分子が入力された回数を数える。入力分子を特定の回数加えると,入力とは異なる情報を持ったDNA分子が出力される。将来的にはプロジェクト内の他の研究者が作製した下流のシステムを起動するために使用される。 (3)分子反応の加速機構:分子ブースターのDNA鎖置換の加速効果をさらに高めるために,分子骨格が変わった様々な分子ブースターを作成した。特に,主鎖骨格にポリDLリシンを有し,側鎖にポリエチレングリコールをもつブースター分子がもっとも効果が高いことが示され,従来の分子ブースターの100倍以上の機能向上に成功した。また,酵素が使われるDNA回路にも適応できる分子ブースターの設計にも取り組み始めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)増幅機構:改変したカスケード反応による増幅機構について,扱いやすい直径数十マイクロメートルの人工細胞リポソーム内での他の反応系との統合に向けて,より低濃度の入力に対して短時間でシグナル増幅が可能な反応条件の最適化を進めている。また,プローブDNAを用いることなく,蛍光顕微鏡観察に適した強度の発光をシグナル配列特異的に得る手法を検討し,予備実験において発光性能を確認した。 (2)記憶・学習機構:記憶と学習が可能なDNA回路では,訓練ために反応場に繰り返し印加される入力刺激に応答する再生化機構が必要不可欠となる。これまで,DNA鎖置換反応系にアゾベンゼンによる光反応制御を組み込んだ設計法はシミュレーションレベルでは報告されているが,本研究では実験レベルで検証することができた。また,当該年度ではDNAカウンタ回路を合理的に設計し,実験的にシステムの機能を検証した。具体的には,システムの反応速度を向上させるために,要素となる化学反応がポリメラーゼと呼ばれる酵素によって駆動されるよう設計した。さらに設計したシステムを分子として具現化するために必要なDNAの塩基配列の候補を,組み合わせ最適化アルゴリズムを使って決定した。決定した塩基配列を用いて化学実験を行い,出力DNAの変化を蛍光強度として測定したところ,期待した挙動を示すことを見出した。 (3)分子反応の加速機構:従来の分子ブースターの効果を10倍以上高めるといった当初の目標を達成できた。また,班内での連携も始まっており順調に研究が進行している。
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今後の研究の推進方策 |
(1)増幅機構:多様な反応系と統合して使用できる汎用性の高いシグナル増幅回路を実現するため,人工核酸を用いない増幅機構に改変したことにともない,従来の指数増幅機構よりも現状は低い増幅性能であるが,最終目標である人工細胞リポソーム内での1分子応答に必要な入力濃度の範囲では,指数増幅機構より速い増幅を実現できる可能性がある。今後は改変した増幅機構の反応条件を最適化し,非特異増幅を抑制しつつ増幅を高速化する検討に取り組む。 (2)記憶・学習機構:当該年度に確立したアゾベンゼンを利用した分子反応系の再生化機構を発展させ,条件反射回路の設計を推進する。シミュレーションレベルでの検証に加えて,数理的な解析法を探究し,また,実験レベルでの検証を目指す。また,設計したDNAカウンタ回路が期待通りの挙動を示すことは定性的に確認できたものの,定量性が不十分であることが分かった。これは,酵素反応に頻繁にみられる,意図しない非特異的反応や副作用があったことが原因と考えられる。今後は,塩基配列をわずかに変化させたバリエーションを使って実験を行うことで,非特異的反応を抑え,提案のシステム定量性を向上させる。さらに,入力の回数と等量比の区別を行うために,システムの拡張を行う。 (3)分子反応の加速機構:さらなる高速化できる分子ブースターを求め,分子骨格の最適化を続ける。さらに班内外にDNA鎖置換反応に基づいた機構が構築されていることから,それらを加速させるための最適化された分子ブースターを提供していく。
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