研究領域 | 情動情報解読による人文系学問の再構築 |
研究課題/領域番号 |
21H05060
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研究機関 | 株式会社アラヤ(研究開発部) |
研究代表者 |
近添 淳一 株式会社アラヤ(研究開発部), 脳事業研究開発室, チームリーダー (40456108)
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研究分担者 |
地村 弘二 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 准教授 (80431766)
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研究期間 (年度) |
2021-08-23 – 2024-03-31
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キーワード | 価値 |
研究実績の概要 |
フィネアスゲージの脳損傷症例研究などから、前頭眼窩野が高次認知機能と関連することはよく知られている。この領域の機能を調べるために用いられる、最も一般的な心理課題はreinforcer devaluation課題である。この課題では、2種類の条件刺激と報酬刺激のペアを提示してその対応を学習させた後、2種類の内、片方の報酬刺激に対して、価値を減弱させるような操作を加える(リチウムを加える、または飽きるまで食べさせる)。前頭眼窩野を傷害したマウスでは、刺激のアイデンティティや報酬としての価値の表象が乱されることが知られている(Rudebeck and Murray, 2014)。しかし、マウス実験においては、多くの種類の刺激を用いることができないために、刺激のアイデンティティとその感覚的質の区別をつけることが困難であった。我々は、128枚の食べ物の写真を使い、それに対する好ましさを答えてもらう機能的MRI実験を施行した。さらに、空腹時と満腹時で同じ実験を繰り返すことにより、同一の刺激であっても、感覚的質を変化させ(同じ食べ物であっても空腹時と満腹時では美味しさ(感覚的質と価値の混合物)は変わる)、アイデンティティ・感覚的質・価値のいずれの要素が前頭眼窩野と関連が強いのかを調べた。その結果、この領域は、アイデンティティではなく、感覚的質と価値を表象していることが明らかになった。この結果をまとめ、neuroscience research誌にて論文発表した。 また、岡山大学の松井先生との共同研究で、脳活動データをsimulationにより合成することにより、従来、動的な機能的結合の証拠とされていた、coactivation patternを、ランダムノイズから作成可能であることを発見し、neuroimage誌にて発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和3年度は、Hume AIのCowen博士との間でCowen et al., 2016, PNASのdataset利用に関する共同研究契約を結んだ。これを用いた、脳活動からの情動情報抽出アルゴリズムの開発を行っている。具体的には、それぞれの情動状態(例:恐怖、嫌悪など)の脳活動テンプレートを作成し、機能的MRIで計測した脳活動データ(空間x時間)の各時点の脳活動マップを、このテンプレートで回帰する。その結果得られた回帰係数はこれらの情動状態の寄与度を示している。予備解析として、human connectome projectの言語課題データを用いて、同様の解析を行ったところ、この手法によって、従来手法では解読できなかった情報(課題の遂行能力など)を抽出する解析法として、有用であることが示された。この結果をまとめ、現在論文の投稿を準備している。さらに、深層学習モデルの一つである自己符号化器を使って、同様の解析を進めている。ここでは、入力と出力に各時点の脳活動mapを用いて、これを一度圧縮した後、再構成させるが、自己符号化器の損失関数にテンプレートのmapと中間層のノードから出力層への結合の重みの間の非類似度(距離)を入れる。このモデルにおいては、ハイパーパラメータが非常に多く、最適なハイパーパラメータの探索が非常に困難であったが、ここにベイズ最適化を用いることで、解決可能であることを発見した。これらの成果をまとめ、本年度中に前述の論文の続報として投稿することを計画している。また、味覚実験・経済実験・倫理実験における両価的価値を同一被験者でテストする実験を本年度中に行うことを予定している。
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今後の研究の推進方策 |
甘味刺激と苦味刺激を様々な割合で混合することにより、両価的価値をもつ味覚刺激を作成することができる。甘味は高カロリーという観点からホメオスタシスの観点からポジティブである一方、苦味は植物性アルカロイドのような毒性の指標となる(実験には毒性のない刺激(カテキン)を用いることとし、安全性に関して被験者には予め伝えておく)。実験においては、統合的価値は単純な快さと不快さの差分では計れないことを実験的に示し、この3要素(快さ・不快さ・統合的価値)と関連する脳領域を機能的MRIにより同定する。また、同一被験者を対象に、「経済的な利得と損失が同じ尺度の下で捉えられないのは、それぞれの情報処理が異なる脳内回路によって処理されているからである」という仮説を検証する。合理的経済人は、利得と損失の差分のみを判断に用いるが、上述のように、利得と損失が単一の軸で捉えられるものではなく、質的に異なる二つの軸で捉えられるものであれば、利得と損失が同時に生じる試行を提示した場合に、利得と損失の差分のみでなく、利得の大きさのみ、損失の大きさのみを捉える脳領域が存在することが予想される。 また、複雑な道徳的判断も情動的価値判断システムに依拠するという仮説をおき、これを検証する。思考実験としての道徳的ジレンマは、倫理的問題における両価的価値判断として再定義できる。さらに、道徳的判断のような複雑な問題における判断は、無意識のうちに快・不快の判断に影響されるか、極端な場合には、快・不快の判断に置き換えられるという結果を予想しており、これを機能的MRIを用いて神経基盤のレベルで実証する。 これらの実験を通じて、ヒトがいかに情動の影響を受けているのかを定式化することを目指す。
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