組織内における腫瘍の形成・発達は、隣接組織の圧迫を引き起こし、反作用として腫瘍そのものに圧縮力を生じさせると考えられる。研究代表者がこれまでに見出した「細胞間接着構造にかかる引張力による細胞増殖への抑制効果」を踏まえると、腫瘍への圧縮力負荷は細胞間側方圧を上昇させることで腫瘍細胞の増殖を促進する可能性がある。そこで本研究では、圧縮力が腫瘍細胞の増殖と腫瘍細胞塊の成長におよぼす効果およびその分子機序を明らかにすることを目的とした。 昨年度までに、ヒト皮膚扁平上皮癌細胞(A431細胞株)をコラーゲンゲルの三次元細胞外マトリックス中に包埋し、インキュベーター内設置型長深度蛍光顕微鏡を用いて10日間に渡りがん細胞塊の成長過程をライブイメージングする系を確立した。がん細胞塊と周囲の三次元細胞外マトリックスとの力学相互作用を評価するため、蛍光ビーズをマトリックス中に分散させ、粒子画像流速計測法(PIV)を適用することでマトリックスの変形場を導出したところ、当初の予想に反して、がん細胞塊は成長(体積増大)とともに、周囲のマトリックスを押すのではなく継続的に引き寄せ続けていることが明らかとなった。 本年度は、がん細胞塊が周囲の三次元細胞外マトリックスを引張するメカニズムとそれががん細胞塊の成長に及ぼす効果の解析を進めた。細胞内での主要な引張力発生装置であるアクチン・ミオシン系の関与を調べるため、ミオシンの主要な活性化分子Rhoキナーゼを阻害したところ、がん細胞塊による周囲マトリックスの引張変形がほぼ消失した。また、Rhoキナーゼ阻害下では、がん細胞塊の成長が大幅に抑制された。これらの結果から、成長時のがん細胞塊はミオシンによる力の発生に依存して周囲のマトリックスを引き寄せていることが示唆され、このことががん細胞塊の成長に関与している可能性が考えられた。
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