計画研究
昨年度は、DNAループを構成するコヒーシン・タンパク質とコヒーシンのローダー・タンパク質、ヌクレオソームの複合体のクライオ電子顕微鏡解析を実施した。その結果、予備的な電子密度からヌクレオソームのアシディックパッチと結合するコヒーシン複合体を観察することができた。これまでコヒーシンのヌクレオソーム結合については、ほとんど議論がなされていなかったため、今後はこの構造をより高分解能で解析して行きたいと考えている。また同複合体については、クロスリンク質量分析も実施し、サブユニット同士の相互作用マップを作成したため、既知構造については複合体モデルの構築も進めている。加えて、リポソーム上に人工核を組み上げる融合研究については、Alexa488標識した蛍光ヌクレオソームと脂質、ミネラルオイルを用いて人工細胞の作製を試みた。得られた試料について、共焦点顕微鏡による観察を行ったところ、人工細胞中に充分量のヌクレオソームが包埋されていることが確認された。今後は、この人工細胞についてクライオ電子顕微鏡による高分解能観察を実施したいと考えている。
2: おおむね順調に進展している
昨年度は、6月より自身の研究室を立ち上げ、異動期間中は研究に遅延が出たが、10月には研究環境の整備を完了し、共同研究者の助けもあり、コヒーシン複合体とヌクレオソームのクライオ電子顕微鏡解析、人工細胞へのヌクレオソームの封入技術の構築において進展させることができた。これまで、有糸分裂時に姉妹染色分体結合を媒介するリング状タンパク質コヒーシンは、トポロジカルにDNAを束ねる活性やDNAの押し出し活性によってDNAループを維持すると考えられてきた。しかし、近年の生細胞一分子イメージング解析では、コヒーシンの枯渇がクロマチンへの転写因子の結合を減少させることが報告され(Hsieh et al., Biorxiv 2021)、コヒーシンが積極的にRNAポリメラーゼIIの転写開始や伸長のステップに関与することが示唆され始めている。本研究と関連する報告としては、内径約35 nmあるコヒーシン・リングが直径約11 nmのヌクレオソームを通過させることができること (Davidson et al., EMBO 2016) 、出芽酵母の転写が活発な遺伝子では、転写開始点に局在するコヒーシンがRNAポリメラーゼIIに押されて、遺伝子上を移動し、転写終結点には多く集積している様子が確認されていることなどが上げられる (Lengronne et al., Nature 2004)。これまで、数多くのコヒーシン病が報告され(Lelij et al., PLoS One 2009)、その原因は、コヒーシン変異が作り出すゲノム立体構造の破壊であると考えられてきた。しかし、本研究を通じで転写反応に寄与するコヒーシン複合体の分子機構が明らかになれば、こうした疾患の発症機構に関しても、転写と関連した新たな機構が提唱される可能性がある。
今後は、コヒーシン複合体とヌクレオソームのクライオ電子顕微鏡解析については、構造が未解明な領域については、AlphaFold2を用いてモデルを作成して、複合体の構造解析を進める予定である。また、電子顕微鏡像自体の解像度を上げるために、ATP非加水分解アナログであるADP-AlFxを用いてコヒーシンの動きを止めた試料についても電子顕微鏡観察を行いたいと考えている。加えて、コヒーシン複合体によって、転写が促進された転写複合体を観察するために、転写テンプレートの配列と添加するヌクレオチドを限定することでPol IIを任意の位置で止めた試料も作成したいと考えている。人工細胞可視化システムの構築では、クライオ電子顕微鏡で観察可能なタンパク質の封入システムを構築し、最終的には申請者が再構成したDNAループ複合体とリコンビナントに調製したラミン・タンパク質を包埋することで、膜局在化したゲノム構造を再現した状態で、転写反応を再現したいと考えている。この試料作製法とクライオ電子線トモグラフィー法を組み合わせれば、バックグラウンドを最小限に、細胞骨格や細胞環境を反映したタンパク質構造を可視化することができると考えられる。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (2件) (うち招待講演 1件) 備考 (1件)
Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.
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https://www.titech.ac.jp/news/2022/065033