人工細胞は脂質膜小胞の内部に分子と遺伝子を内包し、細胞のような振る舞いを再現する研究である。生命システムの維持に必要な機能と分子をボトムアップ的に理解するために、また初期地球環境中に誕生した原始細胞の様相を考察する上で意味がある。これまでにタンパク質合成やエネルギー生産など、基本的な細胞機能を再現した人工細胞の研究は進められてきたが、自己複製につながる細胞膜の成長と分裂に関する研究は遅れをとってきた。この問題を解決するために、モデルとなる脂質膜小胞の内部でリン脂質を合成する人工細胞の構築を進めてきた。リン脂質は脂肪酸の合成とグリセロール3リン酸への結合により生産される。そのため、脂肪酸合成に関する9種類の酵素を個々に精製し基質であるアセチルCoAとマロニルCoAから脂肪酸を合成するin vitroシステムを構築した。これをさらに、無細胞タンパク質合成系と組み合わせた無細胞系では出来た脂肪酸からリン脂質を合成するため3 種類の膜タンパク質酵素(Acyltransferases)を合成した。構築された系では、2種の基質からホスファチジン酸(PA)を合成することに成功した。さらに、副産物であるCoAを循環させるための酵素2種を加えることで、酢酸とHCO3-からPAを合成することにも成功した。これを細胞サイズの膜小胞の内部で反応させたところ、人工細胞膜の約10%にあたる100uMのPAの合成に成功した。この成果を原著論文として2022年にCommunications Biologyで報告した。さらに、巨大膜小胞を調製するdroplet transfer法を改良し、わずか10-30分で人工細胞が形成できるプロトコルをFrontier Biotechnology and Bioengineeringにより2022年に報告した。応用研究として、無細胞系を応用したタンパク質の脂肪酸修飾方法についても2023年にACS Synthetic Biologyから報告した。
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