ヒトなどの動物は、感覚情報や過去の経験を用いて環境の状態を推定し、外界環境に能動的かつ柔軟に適応する。脳は入力される刺激を予測する内部モデルを構成し、それによる予測と実際に入力された感覚信号を比較し、両者のずれである予測誤差の計算に基づいて、知覚を創発する。この考えは予測符号化理論にて定式化されているが、脳内でどのように実装されているかは明らかになっていない。そこで、我々は視覚運動予測誤差に着目し、予測符号化にて仮定されている階層的な情報処理の脳内実装について検証した。前年度までに、バーチャルリアリティー環境下の頭部固定マウスから広視野蛍光イメージングを行い、視覚運動予測誤差を表現する脳領域を同定し、予測誤差情報は低次領域から高次領域へと大脳皮質領域の階層性に従って伝播されることを明らかにしてきた。今年度は、同定された領域内で個々の細胞がどのように予測誤差を表現しているのかを明らかにする目的で、細胞外電位記録法を実施し、視覚運動予測誤差刺激を提示した際の個々の細胞の神経活動を記録した。内因性信号光計測法により大脳皮質領野を同定した後、32-Chシリコンプローブを用いて各領域の神経活動を記録し、細胞レベルでの予測誤差応答を解析した。広域カルシウムイメージングの結果と同様に、予測誤差応答が認められたが、細胞により様々な応答を示すことが明らかになった。状態空間モデルを用いることで、細胞毎の応答性の違いは環境への適応性の違いにより生じることが示唆された。最後に、予測誤差情報の伝播の経路の機能的な役割を明らかにするために、光遺伝学を用いて経路選択的に活動操作を行った所、予測誤差に対するマウスの応答が減弱した。以上本研究では、予測誤差は、予測を送り出す大脳皮質領野に向かって低次領野から高次領野へ階層的に伝播されることを見出し、その階層的な情報処理を担う神経回路基盤を明らかにした。
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