研究領域 | ネアンデルタールとサピエンス交替劇の真相:学習能力の進化に基づく実証的研究 |
研究課題/領域番号 |
22101007
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
田邊 宏樹 名古屋大学, 環境学研究科, 准教授 (20414021)
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研究分担者 |
定藤 規弘 生理学研究所, 大脳皮質機能研究系, 教授 (00273003)
三浦 直樹 東北工業大学, 工学部, 講師 (70400463)
河内山 隆紀 京都大学, 霊長類研究所, 研究員 (90380146)
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研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 脳機能イメージング / 計算論的解剖学 / 古人類学 / 認知科学 |
研究実績の概要 |
我々は、作業仮説である旧人・新人の学習能力差を化石脳の比較解剖学・ 古神経学的証拠から検証することを目的とし、(1) 脳機能イメージング手法を用いた現代人脳の学習機能地図作成と(2) 学習脳機能地図の化石脳への写像と計算論的解剖学に基づく旧人・新人の脳形態比較、の2軸を設定して研究を進めている。 現代人脳の学習機能地図作成に関しては「創造性とそれを受容する社会(を担う能力)」という切り口を設定することで、旧人と新人の学習能力差に対応する神経基盤の同定を行っている。創造性には二つの側面が有り、1つは新しいものを生み出す能力とその動機であるが、他の側面としてそれを受け入れ伝える(模倣などの)社会性の能力がある。今年度は社会性の能力の中でも共同注意・模倣と意図のシェアの神経基盤について研究が進み論文として国際誌に発表できた。さらに旧人・新人の模倣行動の違いを探るため、現代人における石器製作のための身体動作の模倣学習に関与する神経基盤の同定と行動解析を行い現在論文投稿に向け努力している。 現代人脳機能地図を旧人の化石脳へ写像する手法の開発では、旧人の頭蓋骨断片から再構成されたCT画像と現代人のMRI画像を計算論的解剖学の枠組みで取り扱う方法を開発している。この方法は全脳の情報を用いた形態変換や形態比較が可能であり、従来の脳や頭蓋のランドマークを用いた解析に比べ客観的・定量的であり、新たなデータを付加して再解析することも容易である。今年度は本手法の有効性の検証及び精度の向上を目的として現代人のMRI画像を用いた検討、旧人のCT画像の性質の特定とその扱い(パラメータ設定)の検討を行った。予備的な結果として旧人の化石脳の作成(推定)にも成功し、計算機内での仮想空間上で旧人・新人の仮想頭蓋比較形態学を行える素地が出来た。これらの成果は、学会や研究会で発表し現在論文を作成中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初我々は、試行錯誤など自力で行う個体学習の能力と模倣など他者を参考にする社会学習の能力の2つに対応する神経基盤をそれぞれ切り離して探ろうとしてきた。しかし研究を進めていくうちこの2つの学習は互いに関連しており、それぞれの神経基盤を抽出しても真の学習能力差を発見できないという結論に達した。そこで我々は「創造性とそれを受容する社会(を担う能力)」という新たな切り口を設定し、旧人と新人の学習能力差に対応する神経基盤の同定を開始した。創造的な社会には新しいものを生み出す能力と、それを受け入れ伝える(模倣などの)社会力という2つの能力が必要である。またここには、他者が自分と同じく意図を持っている者であると理解できるという前提が有り、この能力により新人は他者から直接学習するだけでなく他者を通して学習できる。模倣と意図の共有についての神経表象は未だ不明な点も多く、まずはそこに焦点を当てて研究を進めた。今年度までに我々は、相手の目線を読み・読ませる神経基盤(Tanabe et al. 2012)、模倣関連の神経基盤(Sasaki et al. 2012; Okamoto et al. 投稿中)の一端を解明し、現在も新たな実験を進めている。加えて旧人・新人の模倣行動の違いを直接的に探るため、現代人における石器製作のための身体動作の模倣学習に関与する神経基盤の同定(Miura et al. 投稿中)と行動解析も行った(Hoshino et al. 投稿準備中)。 一方計算論的解剖学の手法を用いた脳機能マップの化石脳への写像の方法の開発では化石脳と現生人類脳の形態と機能を直接比較できるワンパッケージ化の枠組みの構築と検証を行い、年度末には旧人の化石脳の推定と作成の予備的結果を得た。これにより計算機内での仮想空間上で旧人・新人の仮想頭蓋比較形態学を行える見通しがついた。
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今後の研究の推進方策 |
現代人の脳機能マップ作成に関しては、引き続き創造的社会の形成と維持の観点から学習能力を捉え、共同注意や模倣などの社会学習能力や内的動機づけといった創造性の源泉となる能力の神経基盤の解明に取り組む。また社会学習能力に関しては、我々が見いだした二個体間の脳活動の同調をより詳しく調べるため、新たな機能的MRI同時計測実験に加え脳波を用いた研究も行う。これに関しては代表者の田邊がH24年度途中に名古屋大学に異動になったことから、移動先の名古屋大学にて行えるようセッティングをおこなっており、もうすぐ完成する。また当初の計画では脳機能のメタアナリシス(複数の先行研究から特定の脳機能に強く関連する脳部位を同定する方法。近年の脳機能イメージング研究の爆発的増加に伴って有用性が増してきた)についてあまり重点を置いていなかったが、我々が行う個々の実験結果だけでは今回必要な脳機能の部位を特定するには限界がみえてきたことから、上記能力の脳機能地図作成のためのメタアナリシスを実施する。その際に他の研究項目の成果から浮かび上がる交替劇の要因を脳機能地図に反映させ、有機的な繋がりを持って研究を進め、包括的な学習能力差をあぶり出せるよう試みる。 計算論的解剖学の手法を用いた脳機能マップの化石脳への写像の方法の開発、ならびに化石脳と現生人類脳の形態と機能を直接比較できるワンパッケージ化の枠組みの構築に関しては、予備的な結果として旧人の化石脳の作成(推定)にも成功したので、さらなるパラメータの調整と、複数の旧人ネアンデルタールの頭蓋骨断片から再構成された頭蓋CT画像を作成しこの解析系に持ち込むことで、より精度の高い形態比較が出来るよう準備を進める。さらに脳機能マップにより同定された脳部位が旧人と新人の頭蓋骨の形態差を認めるかどうかの検証に入る。
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