研究領域 | 直截的物質変換をめざした分子活性化法の開発 |
研究課題/領域番号 |
22105013
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
林 高史 大阪大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (20222226)
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研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | ハイブリッド触媒 / 人工生体触媒 / 有機金属錯体 / ヒドロゲナーゼ |
研究実績の概要 |
生体内の触媒である酵素は、本来不活性あるいは低活性な分子を水中かつ温和な条件下において、選択的かつ迅速に変換しうる非常に優れた能力を示す。その理由は、酵素の基質結合部位で、基質あるいは基質と反応する小分子が幾つかのアミノ酸の協同効果によって効率的に活性化したり、基質分子の反応点の位置かつ立体が制御されながら反応が円滑に進行することに由来する。一方、同様な反応をいわゆる通常のフラスコ内で触媒非存在下において進行させる場合には厳しい条件が必要であることが多く、さらに副反応も危惧される。そこで、タンパク質を利用して新しい生体触媒を創製し、目的の基質を水中でスムーズに変換することは、興味深い研究課題である。 本課題研究では、上記の意義をふまえ、平成26年度は前年度に引き続き、天然には見られない生体有機金属触媒の開発を行った。具体的には、一酸化窒素結合ヘムタンパク質としてよく知られているニトロバインディンを用い、そのタンパク質内に結合している補欠分子ヘムを除去して得られるβバレル空孔を、反応場として利用した。この空孔に鉄二核錯体を導入し、ヒドロゲナーゼモデルとして、プロトンから触媒的な水素ガスの発生を試みた。実際に、安定な鉄二核錯体が反応場に位置し、これまでのヒドロゲナーゼモデルと同様の活性を示すハイブリッド触媒の構築を達成した。一方、ロジウム錯体を導入し、新しい水素化反応の実現も試みた。その結果、幾つかのオレフィンを選択的に水素化し、ニトロバインディンの空孔形状に依存した、ある程度の立体選択性も発現することを明らかにした。また銅錯体をニトロバインディンの空孔に導入し、Dials-Alder反応も進行することを確認し、現在活性の向上と反応の選択性制御について更なる条件検討を実施している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
新学術領域「直截的物質変換をめざした分子活性化法の開発」の主テーマの一つである反応場を駆使した新しい物質変換を目標とし、平成26年度は引き続き生体有機金属触媒の創製に挑戦した。有機合成化学の分野において、有機金属化学は近年非常に発展し、有機金属錯体を用いた触媒開発は、様々な化学反応や医薬・化成品の製造に貢献している。しかしながら、生体内での有機金属種は非常に限られており、生物無機化学の分野では、ビタミンB12(アルキルコバルト錯体)のみである。一方、一般に酵素は、反応活性中心周囲のタンパク質マトリクスが、基質の活性化や生成物の立体をたくみに制御していることが知られている。したがって、我々のグループではこの点に着目し、本来は一酸化窒素を結合するニトロバインディンのβバレル構造を用い、βバレル構造の内側の空孔を反応場とする全く新しいタイプの生体触媒(タンパク質と有機金属錯体のハイブリッド)を設計・構築を実施した。具体的には、ヒドロゲナーゼの活性中心モデルである鉄二核錯体を空孔内に共有結合で導入し、水中で還元下において触媒的な水素発生を観測することが可能となった。また、タンパク質の空孔を有効な反応場として利用するために、幾つかの物質変換反応を試み、特に水素化やDiels-Alder反応において、βバレルの構造に依存した立体制御が実現することを確認し、今後のハイブリッド酵素への研究展開の指針を得た。まだ実用的な触媒には、幾つかの検討が必要ではあるが、ハイブリッド生体触媒の合成と有用性にある程度の方向性を提案することが達成されたため、研究はおおむね順調に進捗していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
今後の主な課題は、ハイブリッドバイオ触媒(タンパク質空孔を反応場とし、活性中心である金属錯体を空孔内に導入した触媒)の活性と立体制御の向上である。前者については、様々な金属錯体をデザインし、合成しながら、その構造と反応性の評価を行い、より活性の高い触媒を模索する。たとえば、ロジウム錯体の配位子として扱うCp環をCp*に変更したり、銅錯体の配位誌として用いているフェナンスロリンに置換基を導入し、錯体の電子状態をコントロールする。また、空孔への導入の位置を変化させて、基質との反応速度を評価する。後者については、βバレル構造の空孔を形成するアミノ酸側鎖を順次変異させ、立体選択性の発現を検証する。特に、変異体の設計にはMD計算手法を駆使し、あらかじめある程度の予想を立てて、変異体の調製と利用を進めたい。一方、最終年度は、難易度の高い不活性炭素―水素結合の活性化にもチャレンジしたい。生体内で見られるC(sp3)-H結合の水酸化反応を、簡単なミオグロビンを用いて、実現する試みも検討し、得られるアルコールの光学活性純度の評価を行い、不活性C-H結合の活性化をともなうアルコール不斉合成を積極的に進める。以上の研究を通じて、ユニークな反応場と金属錯体のコンビネーションによる直截的分子変換系の構築を提案したい。
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