がん病態の形成過程におけるがん細胞周囲の組織微小環境の重要性が示唆されている。マトリックスプロテイナーゼ(MMP)、セリンプロテアーゼに代表されるプロテアーゼはその構成因子として機能し、がん細胞のみならず微小環境を構成する骨髄由来細胞の動態制御に深く関与することが明らかとなっている。申請者らは、生体内血管新生におけるセリンプロテアーゼ群に属する線維素溶解系(線溶系)因子の活性化と組織中への骨髄由来細胞動員の重要性を示唆した。本研究では各種プロテアーゼのがん病態形成における機能解析を主目的とし、薬剤による活性制御によるがん増殖抑制療法の可能性を探ることまでをその目的の範疇とする。昨年度までの研究で、代表者らは、マウス生体に移植された白血病・リンパ腫の増殖過程において、生体中でMMPの活性化が起り、これらが各種細胞増殖因子の細胞外ドメイン分泌を促進すること、さらにこれに伴ってがんを含む臓器組織中へと動員された骨髄由来細胞の一部が、微小環境の構成因子として機能し、血管新生因子の組織内供給源として機能していることを確かめた。今年度の研究で代表者らは、生体中の酵素前駆体であるProMMPから活性型MMPへの変換をプラスミンに代表される線溶系が制御していること、加えて線溶系・プラスミン阻害剤の投与が、MMP活性化の抑制を介して一部の白血病・リンパ腫の増殖を抑制し得ることを明らかにした。このことは、血液凝固・線溶系の白血病・リンパ腫増殖における新機能の存在を示唆している。本研究成果として、欧米でがん治療における臨床治験が暗礁に乗り上げているMMP阻害剤に対して、その上流の線溶系を阻害することによって一部の白血病・リンパ腫の増殖抑制が証明されたことから、今後のがん治療法開発において、線溶系因子群が、MMP阻害剤の代替として、新たな分子標的の可能性を有していることを示唆したものと言える。
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