研究概要 |
様々な環境条件下での植物の持続的成長には,環境変動に対して細胞内恒常性を厳密に維持する機構が不可欠であり,細胞内環境を機敏に感知し,それを即座に細胞の機能調節に反映させる分子メカニズムが必要である。シスタチオニンγ-シンターゼ(CGS)は,植物においてメチオニン生合成の鍵段階を触媒する。メチオニンの生合成はCGSをコードするCGS1遺伝子の翻訳段階で,メチオニンの代謝産物であるS-アデノシルメチオニン(SAM)に応答した翻訳停止と共役したCGS1 mRNAの分解によってフィードバック制御される。SAMに応答した翻訳停止に際してリボソームは,転座の段階で停止していることを既に見いだしている。この時,翻訳停止位置であるSer-94のコドンまでを翻訳した翻訳停止産物であるペプチジル-tRNAは,リボソームのA部位を占めている。一方,翻訳阻害を引き起こすピュロマイシンは,リボソームのA部位に作用して,P部位のペプチジル-tRNAと反応し,ペプチジル-ピュロマイシンを遊離させる。従って,A部位がペプチジル-tRNAによって占められているリボソームにおいては,ピュロマイシンによるペプチジル-tRNAの離脱反応が起きにくいと期待される。コムギ胚芽抽出液の試験管内翻訳系を用いた解析により,SAMに応答してSer-94で翻訳停止したリボソームとピュロマイシンの反応を解析した結果,ペプチジル-tRNAがP部位を占めている状態(転座後/ペプチド転移反応前)のリボソームに比べて,ピュロマイシン感受性が低いことが示された。また,CGS1 mRNAのSAMに応答した翻訳停止に必要なシス配列であるMTO1領域のN末端側の領域の重要性をアラニンスキャニング等の塩基置換,および欠失の導入により解析した。その結果,MTO1領域のN末端側の10アミノ酸残基程度の領域には翻訳停止を助ける機能があると考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
翻訳停止に際して新生ペプチドがコンフォメーション変化を起こすこと(J. Biological Chemistry, 286:14903-12, 2011)はリボソームを舞台とした遺伝子発現制御を考える上で重要な発見である。今年度は,さらにこれを発展させることができた。また,領域内の共同研究も進行中であり,いくつかの新知見が得られつつある。
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今後の研究の推進方策 |
S-アデノシルメチオニンに応答したCGS1 mRNAの翻訳停止機構を分子レベルで解明するため,これまでの試験管内翻訳系を用いた解析に加えて,分離・精製した翻訳停止複合体(mRNA・リボソーム・新生ペプチド)を用いた生化学的解析が有用であると考えられる。また,今年度報告したシロイヌナズナ株から誘導可能な試験管内翻訳系(Plant Cell Physiology, 52: 1443-53, 2012)により,試験管内翻訳系を用いた解析により,新たな研究方策の導入が可能である。さらに,これらと,リボソームタンパク質に変異を持つシロイヌナズナ株を組み合わせた解析を行うことで,研究の展開を行う。また,領域内共同研究をさらに推進し,ミネラル栄養およびストレス応答におけるmRNA分解の重要性に着目した研究を行う。
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