計画研究
(1)ヒト蛋白質配列情報データベースのin silicoスクリーニングにより絞りこんだ29個のαvインテグリンのリガンド候補分子のほぼすべての組換え蛋白質の発現および精製を完了し、4種類のαvインテグリン(αvβ3、αvβ5、αvβ6、αvβ8)との結合活性を網羅的に解析した。その結果、中枢神経系の血管新生に関わるαvβ8がTGF-β1と特異的に結合することを見いだした。Scatchardプロットから算出したTGF-β1に対するαvβ8の解離定数は1.5 nMであった。TGF-β1にはαvβ6も結合したが、αvβ6はフィブロネクチンやフィブリリンとも強く結合し、TGF-β1に対する特異性は認められなかった。これらの結果はαvβ8の生理的なリガンドがTGF-β1であり、中枢神経系でのTGF-β1の活性化においてαvβ8が中心的役割を果たしていることを強く示唆している。(2)神経幹細胞ニッチの可能性がある基底膜様構造“フラクトン”と血管基底膜の関係を明らかにするため、ラミニンアイソフォームのほぼすべてのインテグリン結合活性を一挙に不活化するアミノ酸変異を血管内皮細胞特異的に導入した遺伝子改変マウスを作製した。具体的には、血管内皮細胞特異的にCreリコンビナーゼを発現するTie2-Creマウスとラミニンγ1鎖にアミノ酸置換を導入したfloxマウスを交配し、血管内皮細胞特異的にラミニンを不活化したマウスを作出した。このマウスの脳室下帯のラミニン活性染色をおこなったところ、フラクトンのインテグリン結合活性は当該遺伝子改変マウスにおいても維持されていることが判明した。この結果はフラクトンが血管基底膜の一部であるとする従来のモデルでは説明が難しく、血管内皮細胞以外の細胞がフラクトンの構成成分を産生している可能性を強く示唆している。
2: おおむね順調に進展している
本課題では、(1)αvβ8インテグリンのリガンドの網羅的検索、および(2)フラクトンの分子実体および生理機能の解明、を2本柱として研究を進めている。(1)については順調に研究が進捗し、TGF-β1がαvβ8の特異的なリガンドであることを明らかにした。中枢神経系の血管形成においてはアストロサイトに発現するαvβ8インテグリンがTGF-β1の活性化因子として関与することが報告されている。インテグリンαvβ8が特異的かつ高親和性にTGF-β1に結合することが解明されたことにより、中枢神経系における血管―神経相互作用におけるαvβ8の役割が明確になったことは大きな進歩である。(2)のアプローチにおいても、血管内皮細胞特異的にラミニンのインテグリン結合活性を不活化した遺伝子改変マウスの作出に成功し、このマウスの解析からフラクトンが血管基底膜とは別の構造である可能性が大きく浮上した。今後、血管内皮細胞以外の細胞でラミニンを不活化したマウスを作製することにより、フラクトンを産生する細胞の実体の解明とその神経幹細胞ニッチとしての役割が明らかになるものと期待される。
本課題の2本柱のうち、(1)αvβ8インテグリンの生理的リガンドの網羅的検索は計画通りに研究が進捗しており、今後は論文作成に重点をおいて研究の収束をはかる。(2)のフラクトンの実体解明については、その主要構成成分がα5鎖を含むラミニンであり、血管基底膜の主要構成分子であるα4鎖を含むラミニンではないことが判明している。現在、α5鎖を様々な細胞系譜で欠失させたマウスを作製中であり、これらの遺伝子改変マウスの解析を通じて,フラクトンの真の生理機能が解明されるものと期待される。フラクトンが神経幹細胞のニッチとして機能しているかが近い将来明らかにできるものと予想している。
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