本研究では、様々なストレスにより生じるエピジェネティック変化が長期間継続し、場合によっては遺伝し得る現象について研究し、そのメカニズムを明らかにすることを目的としている。これまでにショウジョウバエ転写因子dATF2がヒストンH3K9トリメチル化酵素をリクルートして、ヘテロクロマチン構造の形成と維持に関与すること、熱ショックストレスなどの環境ストレスでdATF2がリン酸化されるとヘテロクロマチン構造が壊れ、その状態が次世代に遺伝することを報告している。今年度は、ATF2ファミリ転写因子の1つであるATF7の変異マウスを用いて、精神ストレスによるテロメア短縮にATF7が関与することを見出した。疫学調査結果から、様々な精神ストレスを受けたヒトではテロメアが短くなることが示唆されていた。テロメアは老化と共に短くなり、老化の時計と考えられているので、この疫学調査結果は精神ストレスにより寿命が短くなる可能性を示唆している。しかしこの現象のメカニズムも明らかにされていないことから、この考えはまだ一般には受け入れられていない。多様な精神ストレスにより抹消組織では、TNF-αのような炎症性サイトカインのレベルが上昇することから、私達はTNF-αによりテロメアが短くなるかどうかを解析した。その結果、1)テロメア伸長に関与するテロメラーゼ(TERT)とATF7の複合体が、Ku複合体を介して、テロメアにリクルートされること、2)TNF-α刺激により、ATF7がp38でリン酸化されるとTERT-ATF7複合体が、Ku複合体からはずれ、テロメアから遊離し、テロメアが短くなることが示された。この結果は、精神ストレスによるテロメア短縮の分子メカニズムを初めて明らかにしたものである。
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