エネルギー摂取と消費のアンバランスは脂肪組織ばかりでなく骨格筋や肝臓などの非脂肪組織にも脂肪の蓄積を促し、種々の疾患の発症の原因となる。本研究計画では骨格筋や肝臓などの非脂肪組織における脂肪蓄積の分子メカニズムを、特に脂肪の合成や燃焼に関わる遺伝子転写ネットワークの面から解析することを目的とした。遺伝的肥満マウスや高脂肪食飼育マウスの肝臓では脂肪合成に関わる遺伝子の転写を制御する転写調節因子であるSREBP1cの発現が増強するとともに、mTORC1シグナルが活性化していた。mTORC1により活性化される各種の情報伝達分子の中で蛋白リン酸化酵素S6K1の機能に着目し、遺伝的肥満マウスの肝臓にアデノウイルスベクターを用いてshRNAを導入することによりS6K1の発現を抑制した。その結果、SREBP1cの発現やSREBP1cによって制御されることが知られている脂肪酸合成酵素の発現が低下した。また肝臓のS6K1の発現抑制により、脂肪肝や高トリグリセリド血症が改善した。培養肝細胞を分岐鎖アミノ酸を高濃度に含有する培養液で刺激するとSREBP1cの発現は増強し、これはmTORC1の薬理学的阻害剤やS6K1のshRNAで阻害された。以上の結果は、肥満では栄養シグナルによるmTORC1/S6K1経路の活性化がSREBP1cの発現増強を介して脂肪肝や脂質異常症の発症に関与することを示唆する結果であり、脂肪肝や脂質異常症の新規な治療法の開発に繋がる可能性のある知見である。骨格筋細胞内の脂肪蓄積はインスリン抵抗性の原因の一つと考えられている。骨格筋に強く発現する転写コアクチベーターPGC1αの新規アイソフォームを欠損するマウスは、骨格筋細胞内の脂肪量が増加しインスリン抵抗性を呈した。これは骨格筋における脂肪酸燃焼系遺伝子の発現誘導不全によるものと考えられた。以上の結果はインスリン抵抗性の発症にPGC1αの新規アイソフォームが関わる可能性を示すものであり、インスリン抵抗性に対する新規な治療法の開発に繋がる可能性のある知見と言える。
|