計画研究
申請者は、マウスの正常細胞に特定の遺伝子操作を加えることにより、自己複製能と多分化能を有した上で高いin vivo腫瘍形成能を持つ細胞を樹立することに成功し、それらを同系マウスに少数移植することにより、ヒトに発生する腫瘍に生物学的および組織学的に酷似した悪性腫瘍を100%誘導するシステムを保有している。この人工癌幹細胞(induced cancer stem cells:iCSC)技術を基盤にし、癌幹細胞の機能及び治療抵抗性のメカニズムの解明、そして治療戦略を考案することを目的として研究を実施した。本年度の具体的な成果としては:1)マウス胃癌モデルでは、癌幹細胞において酸化ストレスを軽減する分子として働いているCD44vの発現が炎症によって浸潤してきたマクロファージによって誘導されることが分かった。しかもマクロファージから分泌されるTNFαが重要な役割を果たしていることを明らかにした。2)昨年までの研究で癌幹細胞の生体生着を決定づける分子としてRNA結合タンパク質IMP3を同定したが、本年度はこの分子に対する阻害薬を同定するためのアッセイ系を確立し、双腕型ロボットを用いたスクリーニングを開始した。3)骨肉腫iCSCを用いて治療抵抗性機構を調べたところ、抗がん剤によって損傷を受けた細胞からはIGF2が分泌され、その作用で残存した癌幹細胞の細胞周期が停止し、抗がん剤による傷害を最小限に食い止めることが分かった。4)多分化能を持つ脂肪前駆細胞が成熟脂肪細胞に変化するのに、アクチンの脱重合が引き金となることを見出した。アクチンの脱重合によって生じたGアクチンが、転写抑制因子MKL1と細胞質で結合することで脂肪分化の主たる誘導分子であるPPARγの発現がONになり、脂肪細胞に分化する。申請者らは、骨肉腫iCSCが脂肪分化するとその腫瘍形成性を失うことを見出しているが、骨肉腫iCSCをアクチン脱重合誘導剤で処理すると、成熟した脂肪細胞に変化させることができた。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究によって、癌幹細胞マーカーCD44vとシスチントランスポーターxCTの相互作用が癌幹細胞の酸化ストレス抵抗性機構の一つであることを見出し、その所見に基づいて進行性胃癌に対するxCT阻害剤の第一相臨床試験を行い(この臨床試験の経費は「厚生労働省早期・探索的臨床試験拠点整備事業」によるため、本研究の成果には含めなかった)、本研究課題において掲げた「癌幹細胞に対する治療戦略を立案する」という最大の目的を達成できたことになる。更にその臨床研究では11例中4例においてPOC(proof of concept)を取得できたことから、次相の臨床試験に駒を進めることとなった。実際に、H26年度より「文部科学省橋渡し研究加速ネットワークプログラムシーズC」として九州大学拠点において、抗がん剤との併用療法の臨床治験を実施することとなり、現在準備を進めている。以上のように、本研究で得られた成果に基づいて臨床試験が進行していることから、期待以上の成果が上がっていると考える。更に、癌幹細胞が生体生着するための分子IMP3に対する阻害剤探索を行うための技術基盤を確立したことが重要である。国産の双腕型ロボットを用いてcell-baseの薬剤スクリーニングを行うためのプログラムを企業とともに開発し、既存薬を用いたスクリーニングを既に開始している。また、人工癌幹細胞を用いた成果として、治療耐性が生じるメカニズムとしてIGFシグナルの活性化が明らかになったことは(現在論文投稿中)、今後癌幹細胞標的治療戦略を立案していく上で重要であり、発展性のある成果であると考える。更に、脂肪細胞の終末分化誘導には、アクチンの動態変化が重要であるという想定外の発見をすることができ、今後癌幹細胞の治療手段の一つとして、アクチンの動態を変化させることで、癌幹細胞を別の系譜の細胞に分化させる(transdifferentiation)という新たな方法を立案するための基盤が出来上がったと考えている。
本研究課題は人工癌幹細胞のシステムを用いて、癌幹細胞と正常組織幹細胞との違い、癌幹細胞の臨床的に問題となる性状、その違いや性状の基盤となる分子機構を明らかにし、それらの分子やシグナルを標的にした場合にどのような効果が期待できるかを、動物モデルを用いて明らかにすることにある。また既存薬ライブラリーを用いてそれら標的を抑制することができる薬剤を探索し、動物モデルを用いて前臨床POCを取得して、臨床試験のベースとなるデータを集積することができれば、医療に大きく貢献できる研究となる。申請者は、本研究の中で、CD44v分子が癌幹細胞の機能的マーカーであることを見出してから、上記のステップを全て踏んで臨床試験に持ち込むことができた。このノウハウを用いて、癌幹細胞の生体生着を規定する分子であるIMP3、治療耐性に重要であるIGF2、癌幹細胞を分化制御するためのアクチン動態制御、という新たに見出した標的に対して、①それらが適切な標的であることを更に評価し、②薬剤スクリーニングを双腕型ロボットを用いて推進し、③動物モデルによる前臨床試験に持ち込みたいと考えている。
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