研究領域 | システム的統合理解に基づくがんの先端的診断、治療、予防法の開発 |
研究課題/領域番号 |
22134005
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
高橋 隆 名古屋大学, 医学(系)研究科(研究院), 教授 (50231395)
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研究分担者 |
長田 啓隆 愛知県がんセンター(研究所), 分子腫瘍学分野, 室長 (30204176)
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キーワード | がん / ノンコーディングRNA / マイクロRNA / ネットワーク / パスウェイ |
研究概要 |
本年度は、124例の治癒切除された肺非小細胞癌の腫瘍組織から得たmRNA及びマイクロRNA発現プロファイルデータをもとに、がん患者の腫瘍組織で稼働している発現制御関係の推定を試み、再発・死亡と有意に関連する遺伝子が濃縮された14個のサブネットワークと、各々の中心となるハブ遺伝子を同定した。我々が肺腺癌のリネジ生存がん遺伝子として同定したTTF-1が、予後と有意に関連するハブ遺伝子の一つとして抽出された。また、TTF-1の生存シグナルを伝える分子として同定したROR1が、TTF-1をハブとするサブネットワーク内の直近にマップされ、両者の密接な発現制御関係が実際の肺癌患者において描出された。さらに、肺腺癌の予後に有意に関連するハブ遺伝子の一つとしてmiR-30を同定し、ネットワーク推定から示唆された標的遺伝子が、実際にその発現制御下にあることを実験的に検証した。 一方、マイクロRNA発現プロファイルの階層的クラスタリング解析によって、肺腺癌が胎児期と成人期の肺が示す発現プロファイルに類似した2群に大別し得ることを示した。上述のネットワーク推定において、両クラスター間で発現差のあるサブネットワークに含まれるmRNAは、DNA複製、細胞周期或いは、増殖等に有意な関連を示した。我々が肺癌おける遺伝子増幅と過剰発現を見出したmiR-17-92は、胎児肺に最も高い類似性を示すサブクラスターにおいて、とくに高い発現と予後不良との有意な相関を示した。未分化で旺盛な増殖を示すmiR-17-92を高発現する肺腺癌の病態を反映するものと考えられる。 今後は、マイクロRNA以外のノンコーディングRNAも取り込んでネットワーク推定を進め、システムとしてがんの分子病態を読み解いて、先端的な診断や個別化医療の実現へとつなげる基盤としたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
患者腫瘍組織を用いて得たマイクロRNAとmRNAの網羅的発現解析データをもとに、両者を包含した遺伝子発現制御ネットワークについて、スーパーコンピュータとベイジアンネットワーク推定を用いた解析を遂行し、さらに推定した遺伝子発現制御関係の実験的な検証に成功した。本年度の研究成果は、実際に患者腫瘍組織中で稼働中のネットワークの推定が可能なことを示したのみならず、肺癌患者の外科切除後の予後に有意に関連するサブネットワークの同定や、TTF-1/NKX2-1蛋白を規定する遺伝子やmiR-30マイクロ RNA遺伝子などのハブ遺伝子の同定につながった。とくに、肺腺癌のリネジ生存癌遺伝子のTTF-1/NKX2-1が、予後関連ハブ遺伝子として同定され、さらにTTF-1/NKX2-1の転写活性化標的として生存シグナルの伝達に寄与するROR1遺伝子が子ノードの一つとして推定された点は、本研究アプローチの有用性を強く支持するものといえる。 また、マイクロRNAの発現プロファイル解析を通じて、肺腺癌が胎児期と成人期のそれぞれの肺に類似した2群に大別されることを初めて明らかとした。さらに、miR-17-92マイクロRNAクラスターの高発現が、胎児肺に極めて良く似た発現プロファイルを示し、未分化で旺盛な増殖を示す予後不良な一群の肺癌と関連することを初めて明らかとした。これらの成果は、我が国を含む先進諸国における死亡原因の第一位である肺癌の分子病態の解明に向けた重要な新知見として、今後の革新的な診断・治療法の基盤をなるものである。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、スーパーコンピュータと静的なベイジアンネットワークを用いて、実際に患者腫瘍中で稼働中の遺伝子発現制御関係を推定し、それに基づいた予後関連サブネットワークとハブ遺伝子の同定に成功した。現在、本研究を通じて予後関連サブネットワークのハブ遺伝子として同定したマイクロRNAについて実験的な機能解析を加えつつあるので、さらに発展させてがんの発生・進展における機能的な役割の詳細を明らかにして行きたい。また、本年度に進めたマイクロRNAの発現プロファイル解析に基づく検討において、肺腺癌の病態に深く関わることが示されたmiR-17-92マイクロRNAクラスターなどについても、そのがんの発生・進展における機能的な役割について、さらにその詳細を明らかとして行きたい。なお、本年度に用いた静的なベイジアンネットワーク推定に加えて、今後は動的なネットワーク推定手法を駆使した、がんの発生・進展に関わる遺伝子発現制御機構の解明を目指した研究も展開したいと考えている。
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