研究領域 | 統合的多階層生体機能学領域の確立とその応用 |
研究課題/領域番号 |
22136005
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
木下 賢吾 東北大学, 情報科学研究科, 教授 (60332293)
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研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 構造モデリング / 分子動力学法 / 多階層シミュレーション / 生命情報科学 / 膜タンパク質 / イオンチャネル |
研究実績の概要 |
これまで多階層の分子階層をターゲットとして、チャネルタンパク質のイオン透過率を定量的に計算する手法の開発を行ってきた。まず、既に構造が解かれているタンパク質としてKv1.2を対象として、長時間MD(分子動力学法)で計算を行い、その結果を情報科学的に解析する新しい手法(状態遷移グラフ解析)の開発を行う事ができた。この方法では、微視的な状態を定義し、その状態間の遷移率を求め、イオン透過の全体の様子を可視化することができた。この解析の結果、Kv1.2のイオン透過のメカニズムがカリウムイオン濃度に応じてスイッチする現象を発見し報告した。この方法では、微視的状態を定義する必要があるため、全ての膜タンパク質に応用可能では無いが、イオンチャネルのように結合しているイオン数とその結合部位を状態にすることができる系では利用可能であり汎用性が高い。分子レベルの計算に関しては、他の階層でのシミュレーションとの連携のために、計算の高速化も非常に重要なステップである。これに対して我々は、MDの計算プロトコルの最適化を行い、この科研費で構築した計算機で1nsの計算を0.5時間で達成する事ができた。その結果、Kv1.2に関しては、複数の電圧、複数のイオン濃度での計算で合計9.1μ秒のシミュレーションを行い、実験値とも整合性の高い電流電圧曲線(I-V曲線)を得る事ができた。この曲線を利用し、細胞階層のシミュレーションにつなぐ。 当初、MDより1つ上の階層を扱う手法として、BD(ブラウン動力学法)での透過率の見積もりを想定していたが、BDでは当初問題としていた構造変化の問題だけで無く、電圧依存性も定量的には再現が難しい事が分かって来たので、より簡便かつBDでのモデル特有の恣意性を入れる事無く計算できる可能性がある方法として遷移状態グラフで解析し、そのグラフ上でのイオン透過をモデル化することとした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
全体として計画は順調に推移しており大きな問題はない。当初想定していなかったいくつかの課題としては、シミュレーションの初期の頃にシステムの安定化に時間がかかった点やブラウニアン動力学法(BD法)の電場計算における定量性の問題や0V付近での実験値とのズレ問題がある。1点目は、これまで行ってきた水溶性タンパク質や大きな脂質二重膜でのシミュレーションの際には、力場パラメータやその他シミュレーション条件で結果に本質的な違いはなかったが、イオン透過のシミュレーションでは適用する力場パラメータやシミュレーション条件により結果が異なることが分かって来た。そのため、実験データを説明できるシミュレーション条件を確定するのに想定以上に時間がかかったが、現在はKv1.2, VSOPなど異なるタンパク質でも安定してシミュレーションできる条件を確立できた。さまざまな文献を調べたが、イオン透過シミュレーションにおける系統的に力場パラメータの検討を行った文献が見当たらない事から、非常に技術的な事ではあるが、経験の共有のために他の力場パラメータ等も検討しながら短報として報告すべく論文を準備中である。2点目のBD法の問題は、構造変化に対してBD法が弱い問題の解決に注力していて気がつくのが遅れたが、BD法を適用するときの電場の計算に大きな問題があることが分かった。当初、電場の計算の改良も検討したが、MD法でのイオン分布とBD法でのイオン分布が大きく異なることがわかり、BD法を根本的に見直す必要があると判断し、計画全体の遂行を優先して、BD法に変わる別法として遷移状態グラフの解析法を考案した。当初は、BD法にこだわり時間を費やした時もあったが、最終的に遷移状態グラフの解析法を考案できたことで、イオン透過のメカニズムの理解という副産物が得られた。
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今後の研究の推進方策 |
後半の2年における主な課題は、(1)遷移状態グラフからの長時間シミュレーション相当の結果を得る手法の確立、(2)モデルの高精度化及びモデル構築の自動化、(3)電圧依存性での高精度化(0V付近の振る舞いの改善)、(4)変異による電圧依存性変化のシミュレーション、(5)共通インターフェースへの組み込みの5つである。この内、(1)から(3)を25年度に並行して進め、(4)と(5)を26年度に行う。 具体的には25年度の課題として、(1)では、前半で開発を行った遷移状態グラフ上でのマルコフモンテカルロシミュレーションを行うことで短い時間のMDの結果からより多くの情報を引き出し、上の階層に上げる必要のある電流電圧曲線の精度を上げる。(2)では、現在手動で行っているモデル構築を簡便に行えるように自動化を行うと共に、さらに精度を上げるために評価関数の改良を行う。(3)では、前半のシミュレーションの結果見えてきた0V付近での実験結果との不一致を解消し、より精度を上げるために、これまで提案されているさまざまな力場パラメータを比較検討し、最終的には既存の力場パラメータの修正も含めて検討を行う。次に、26年度の課題として、(4)では、これまで開発してきたモデル構築とシミュレーション及び解析手法などをすべて統合し、チャネルタンパク質に変異を入れた際のイオン透過率の変化(電流電圧曲線の変化)を定量的に計算できるようにする。(5)では、最終段階として、領域全体でのプログラムへの組み込みのために共通インターフェースへの組み込みを行う。 当初の研究計画とはブラウン動力学法を利用しなくなったという技術的な面での変更はあるが、モデル構築、分子動力学、その結果を受けての上の階層へのつなぎという全体の流れは変わっておらず、大きな変更点は無く、順調に推移している。
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