計画研究
外部寄生虫として存在する多様な吸血動物において、「薬剤師」とも称される動物はマダニをおいて他にいない。なぜならマダニは私たちの体表に長期間寄生して、多種多様な薬理物質を宿主体内に放出しながら吸血を成し遂げる必要があるからである。本研究は、マダニ唾液物質の中でも、有用性の点でイノベーションが期待できる①抗アレルギー物質、②抗血液凝固物質、③血管新生抑制物質について、作用メカニズムを解明することにより、分子機能・構造など科学的根拠に裏付けられた新薬創製のシーズを得ることを目的としている。本年度は、まず高解像度Sialome解析を主に行った。未吸血、吸血開始後1,2,3,4日目、および飽血直後のマダニより唾液腺を回収し、全RNAを用いたRNAseq解析およびAlphaFold2を用いた分子高次構造予測と計算科学的解析による分枝ドッキングシミュレーション解析により、唾液腺内発現分子の同定と発現動態の解析、および宿主分子に対する分子間相互作用の予測により抗アレルギー、抗止血、または血管新生抑制物質に関わる分子を選抜した。特に、宿主ケモカインとの結合が予測されたHlCBP1遺伝子については、RNAiによる機能抑制の結果、刺咬部位にT細胞が有意に集簇していることを発見した。すなわち本分子がT細胞遊走阻害機能を有する可能性がある。そこで、ドッキングシミュレーションを行ったところ、本分子はCXCL1ケモカインのレセプター結合部位に対する高い結合性(S値:-43.5268)を有する可能性を見出した。その他のケモカインに対する結合性についても同様にシミュレーションする予定である。一方、HlCBP1を安定的に発現する293細胞の樹立にも成功した。現在、in vitroでの結合活性について検討中である。
3: やや遅れている
当初計画していたプロテオーム解析であるが、研究資材であるマダニの増産がかなわず断念した。そのため、トランスクリプトームデータを元に得られた予測アミノ酸配列から、高次構造を予測し、計算化学的にドッキングシミュレーションを行う方法にて代替することとした。このため、当初計画とは異なる手段をとることとなったため、やや遅れているという評価となった。
HlCBP1については、安定発現293細胞の樹立に成功したが、その他のマダニ唾液分子については、種類によって発現が成功する場合と困難な場合があった。そこで、293細胞だけでなく、昆虫細胞におけるウイルスフリー発現系についても考慮することとした。他方、キチナーゼ、チマダニン、ヒスタミン結合タンパク質などと相同性の高いものがあり、これらの細胞株樹立についても検討していく。これにより、以下の実験系を適宜進めていく予定である。①抗アレルギー物質のスクリーニング:マダニ唾液分子発現293細胞の培養上清を用い、LPSなどで刺激したマクロファージ、T細胞 あるいはDCに対するIL6など炎症性メディエーター発現に及ぼす影響を評価する。効果の高い分子については、モデルマウス(IL-33Tg)などを用いて評価を行う。②抗止血物質の解析:上記と同様に培養上清を用い、APTT法やPT法などのクロット析出時間を指標に評価する。効果の高い分子については、LPSまたはTF誘導DICモデルマウスを用いて動物の生存時間,生存率を指標に評価を行う。③血管新生抑制物質の解析:上記と同様に培養上清を用い、HUVECなどの血管内皮細胞の増殖率や脈管形成率を指標に評価する。効果の高い分子については、メンブランチャンバー法を用いてHT-1080細胞が惹起する新生血管の視野占有率を指標に評価を行う。
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