研究領域 | 動的溶液環境が制御する生体内自己凝縮過程の統合的理解 |
研究課題/領域番号 |
22H05088
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
菅瀬 謙治 京都大学, 農学研究科, 教授 (00300822)
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研究期間 (年度) |
2022-05-20 – 2025-03-31
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キーワード | ATP / 非膜オルガネラ / Rheo-NMR / 電場NMR / in-cell NMR |
研究実績の概要 |
生体内にはATPなど物質の濃度変動や物質を循環させる流れ、さらには神経細胞の活動電位などの動的な溶液環境の変化が存在する。近年、このような動的な溶液環境が膜なしオルガネラやアミロイド線維といったタンパク質の自己凝縮やその分散に関わることが分かってきた。しかし、これら過程の機構はよく分かっていない。そこで、本研究では試料に流れを発生できるRheo-NMR、電場を発生できる電場NMR、細胞内タンパク質を直接観察するin-cell NMRを用いて、動的溶液環境とタンパク質との相互作用および自己凝縮体の構造を原子レベルで解析し、動的溶液環境が駆動するタンパク質の自己凝集・分散機構を解明する。 まず、高感度高分解能 電場NMR装置を製作し、電場中のαシヌクレインのNMR測定を行った。本研究では磁化率が低くイオン化傾向も低い金を電極とした。同様に電場を発生させる電源装置と電極をリード線も磁化率の低い銀を選択することによって高感度高分解能NMR測定を達成した。ただし、電場をオフに設定してもわずかに電場が生じてしまう問題とリード線がNMRの15N核に照射するパルスを感知して余計な電場を生じさせているような問題もある。 また、電場中でαシヌクレインが凝集することも確認できた。さらにαシヌクレイン溶液にATPを存在させると電場中のαシヌクレインの凝集が抑制されることも分かった。 また、電場の中のユビキチンの分子動力学計算eMDを実施した。その結果、電場の中ではタンパク質の双極子モーメントが電場方向に配向するとともに、ある強さ以上の電場でユビキチンがアンフォールドすることが分かった。また、水分子も双極子モーメントを持つため電場方向に配向したが、興味深いことにタンパク質を取り囲む水和水はバルク水よりも弱く(タンパク質と同じくらい)電場方向に配向することが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、ATPの濃度変動・流れ・電場がタンパク質の凝集に及ぼす影響を解析することを目的としているが、昨年度はこの3つの中で、世間一般にも最も研究が進んでいない電場の影響について研究を進めた。まず、高感度高分解能 電場NMR装置を製作し、電場中のαシヌクレインのNMR測定を行った。この電場NMR装置ではNMR管の中に異物である電極を挿入するため、磁場の均一性を乱してNMRシグナルの広幅化を引き起こしてしまう。そこで、本研究では磁化率が低くイオン化傾向も低い金を電極とした。同様に電場を発生させる電源装置と電極をリード線も磁化率の低い銀を選択することによって高感度高分解能NMR測定を達成した。ただし、電場をオフに設定してもわずかに電場が生じてしまう問題とリード線がNMRの15N核に照射するパルスを感知して余計な電場を生じさせているような問題もある。 また、電場中でαシヌクレインが凝集することも確認できた。これは先行研究で報告されていることではあるため、今回はその結果を再現できたことになる。本研究では電場に加えてさらにαシヌクレイン溶液にATPを存在させるとαシヌクレインの凝集が抑制されることも分かった。 また、電場の中のユビキチンの分子動力学計算eMDを実施した。その結果、電場の中ではタンパク質の双極子モーメントが電場方向に配向するとともに、ある強さ以上の電場でユビキチンがアンフォールドすることが分かった。また、水分子も双極子モーメントを持つため電場方向に配向したが、興味深いことにタンパク質を取り囲む水和水はバルク水よりも弱く(タンパク質と同じくらい)電場方向に配向することが分かった。すなわち、電場に対する水和水とバルク水の応答が異なるため、水和水がタンパク質から外れやすくなり、結果として電場中でユビキチンがアンフォールドしたと考えられる。ここまでの結果はまとめて、論文投稿した。
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今後の研究の推進方策 |
まずは昨年度に発覚した電場NMRの問題(電場をオフに設定してもわずかに電場が生じてしまう問題とリード線がNMRの15N核に照射するパルスを感知して余計な電場を生じさせているような問題)を解決し、電場NMR装置を完成させる。とくに装置のアースとリード線のシールドを予定している。そして、完成した電場NMRを用いて、αシヌクレインが電場の中で凝集していく過程を二次元1H-15N相関(HSQC)スペクトルを連続測定することによって、各アミノ酸残基のNMRシグナル強度の経時変化としてリアルタイムに計測する。得られたシグナル強度の経時変化プロファイルを反応速度論的モデル式にフィッティングし、得られたパラメータからどのアミノ酸残基から凝集が始まるのかといったことを明らかにする。さらに、同様な実験を生物学的ハイドロトロープとしてのATP(10 mM程度の濃度)を存在させた状態で実施し、どのようにしてATPがαシヌクレインの凝集を抑制するのかを明らかにする。 また、報告者はすでにRheo-NMRの流れによるαシヌクレインのアミロイド線維化過程をリアルタイムに計測し、反応速度論的な解析を完了している。そこで、本年度は電場NMRと同様にハイドロトロープとしてのATPを存在させた状態でリアルタイムRheo-NMR測定を行い、ATPが流れによるαシヌクレインの凝集をどのように抑制するのかを明らかにする。 さらに、昨年度ユビキチンに対して実施したeMD計算をαシヌクレインに対しても実施する。αシヌクレインはユビキチンと違って特定の立体構造を持たないため、タンパク質分子を代表する物性値(双極子モーメントなど)を求めることができない。そこで、ここの解析ではαシヌクレインをフラグメントに分けて各フラグメントの物性値を明らかにする。
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