研究領域 | 生体反応の集積・予知・創出を基盤としたシステム生物合成科学 |
研究課題/領域番号 |
22H05126
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
寺田 透 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 准教授 (40359641)
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研究分担者 |
森脇 由隆 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 助教 (70751303)
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研究期間 (年度) |
2022-06-16 – 2027-03-31
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キーワード | 生合成関連酵素 / 立体構造予測 / AlphaFold / 酵素・基質複合体 / 機能予測 / データベース / 分子動力学シミュレーション / 触媒機構解析 |
研究実績の概要 |
経験的アプローチにより、生合成関連酵素の機能を予測する方法を開発した。ここではまず、タンパク質配列データベースSwiss-Protのエントリのうち、酵素反応データベースRheaに関連付けられた225,323のエントリについて、BLASTを用いてアミノ酸配列を総当たりで比較した。ある範囲のE-valueを持つ配列ペアのうち、同じ反応を触媒する(同じRhea IDを持つ)ペアの割合を求め、E-valueに対してプロットしたところ、E-value が10の-52乗以下のとき、Rhea IDの一致率が90%以上となることを示した。続いて、生合成関連遺伝子クラスタデータベースMIBiGに登録されている40,999の遺伝子を対象に、機能既知タンパク質との配列類似性に基づく機能推定を行った。その結果、E-valueが10の-52乗以下となるSwiss-Protエントリが存在するMIBiGの遺伝子は20,618となった。したがって、これらの生合成関連酵素について、90%以上の信頼度で機能を推定できたといえる。さらに、この結果をまとめたデータベースを構築し、公開した。 理論的アプローチにより、反応特異性を予測する方法を開発した。ここでは、FPPを基質とする29種類のテルペン環化酵素について、AlphaFoldを用いて立体構造を予測し、基質との複合体のモデルを作成した。続いて200 nsのMDシミュレーションを実施し、基質のコンフォメーションを解析した。FPPを基質とするテルペン環化酵素は、反応初期の段階で複数の反応経路に分岐するが、基質は、酵素の反応特異性に応じて、その反応が起こりやすいコンフォメーションをとる傾向があることを明らかにした。さらに、3つの生合成関連酵素について、触媒機構を明らかにするために、AlphaFoldを用いて酵素の立体構造を予測し、基質との複合体のモデルを作成した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、経験的アプローチと理論的アプローチにより、生合成関連酵素の基質特異性・反応特異性予測法の開発を行うことである。経験的アプローチによる酵素の機能予測では、配列類似性に基づく方法が従来から利用されている。これを用いると、精度の高い予測が可能である一方で、どの程度の類似性があれば、同一の反応を触媒しているといえるかが明確ではなかった。そこで令和4年度は、この類似性の基準を明らかにするための研究に取り組んだ。この結果、予測対象の酵素と機能既知酵素との間の配列類似性が、E-value で10の-52乗以下のとき、90%以上の信頼度で、予測対象の酵素は、機能既知酵素と同一の反応を触媒すると推定できることを明らかにした。さらに、結果をまとめたデータベースを構築し、Biosynthetic Gene Cluster Database with Functional Annotations (http://sr.iu.a.u-tokyo.ac.jp)としてインターネット上で公開した。 理論的アプローチでは、3つの酵素について、触媒機構解析に着手した。ここでは、計画に従い、酵素のAlphaFoldによる予測構造を利用して、酵素・基質複合体のモデルを作成し、分子動力学シミュレーションを用いて安定性の評価を行った。これを繰り返すことで、それぞれの系で、基質が基質ポケット内に安定に結合しうるモデルを構築することに成功した。また、基質・反応特異性予測法の開発では、反応特異性予測に焦点をあてた研究を行った。ここでは、酵素・基質複合体のモデルに対して分子動力学シミュレーションを実施し、基質ポケットの中で基質がとりやすいコンフォメーションを明らかにすることで、酵素の反応特異性を予測することができることが示唆された。 以上から、本研究の目的に向けて、順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
令和4年度に開発した、機能既知酵素との配列類似性に基づく酵素の機能予測法の感度(同じ機能を持つ酵素を正しく予測できる割合)は66.1%、特異度(同じ機能を持たない酵素を正しく予測できる割合)は99.99%であった。高い特異度を示す一方で、感度がやや低いという問題があった。一般に、感度と特異度はトレードオフの関係にあり、E-valueの閾値を10の-52乗から10の-10乗に大きくすることで、感度は95.6%に高めることができるが、特異度は99.97%に低下する。特異度の低下はわずかに見えるが、同じ機能を持つ酵素ペアよりも異なる機能を持つ酵素ペアの方が圧倒的に多いことから、実用上は、特異度を高いレベルに維持することが重要である。そこで、今後は、配列類似性に基づく酵素の機能予測法に、基質ポケット周辺の立体構造の類似性に基づく方法を組み合わせ、特異度を維持しつつ、感度が十分に高い機能予測法の開発を行う。具体的には、Rheaと関連付けられたSwiss-Protのエントリの一部を抽出し、AlphaFoldデータベースから予測構造を取得する。これらについて、基質ポケットの検出を行い、一定以上の配列類似度のあるペアについて、基質ポケット周辺の立体構造を比較するとともに、アミノ酸の一致度を求める。さらに、これらを特徴量として、酵素のペアが同一の反応を触媒するかどうかを判別する方法を開発する。 理論的アプローチにおいては、令和4年度に構築した安定な酵素・基質複合体モデルに対してQM/MM法を適用し、触媒反応機構の解析を行う。また、領域内の実験研究者と共同で変異体実験を行い、酵素・基質複合体モデルの妥当性の検証を行う。さらに、FPPを基質とするテルペン環化酵素について、タンパク質と基質の間の相互作用の解析を行い、反応特異性を決めるメカニズムを明らかにする。
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