研究領域 | 有機分子触媒による未来型分子変換 |
研究課題/領域番号 |
23105010
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
林 雄二郎 東北大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (00198863)
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キーワード | 有機触媒 / 天然物合成 / 全合成 / 不斉合成 / 不斉触媒反応 / インフルエンザ |
研究概要 |
インフルエンザはウイルス性疾患であり、タミフル、リレンザおよびペラミビルが実際に臨床に用いられている。しかし、その必要性からこれらの化合物を安価に、大量に合成することのできる優れた手法の開発が求められている。有機触媒は一般に安価であり、水や酸素に安定であるため、厳密な無水条件、酸素の除去といった条件が必要なく、実験操作上の利点も有し、大量合成に適した触媒と考えられる。しかし、これまで医薬品や天然有機化合物の全合成に有機触媒を効率的に利用した例は,限られていた。研究代表者は独自に開発したdiphenylprolinol silyl ether触媒が多くの反応に有効であり,生成物を非常に高い不斉収率で与えることを報告している。既にこの触媒を用いるアルデヒドとニトロアルケンの不斉触媒マイケル反応を基盤として、一挙に光学活性シクロヘキセン骨格を構築し、種々の官能基変換を行い、タミフルの3ポット合成を達成した。しかし、本反応には大量合成に不向きな塩化メチレンを溶媒とする反応が複数含まれていること、大量合成には不向きなカラムによる精製が含まれていること等の問題点があった。溶媒に関しては、塩化メチレンをトルエンで置き換えることができることを見いだした。また、途中の段階で酸・塩基抽出を行い、再結晶を行うことにより、カラムを用いない合成法を確立することができた。また、反応を最適化することにより、2ポットでの合成法に深化させることができた。さらに、これまでの合成では爆発性が危惧されるCurtius転位反応を用いていたが、Curtius転位反応にフロー化学を適用することにより、安全性の高い合成法に改良することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの検討により、これまで報告したタミフルの3ポット合成のポット数を減らし、2ポット合成に成功した。さらに、これまでカラムを用いて中間体の精製を行っていたが、カラムを用いない合成法を開発した。またこれまでの合成では危険性の危惧されるCurtius転位反応を用いていたが、Curtius転位反応にフロー化学を適用することにより、安全性の高い合成手法を確立することができた。またいくつかの反応において、ハロゲン系溶媒を用いていたが、それを全て環境調和型溶媒であるトルエンに置き換えることができた。このように、大量合成が可能な、実用的なタミフルの合成に深化させることができた。タミフルはこれまで50近くの研究グループによりその合成が検討されてきた化合物であるが、今回開発した合成ルートは非常に実用性が高いものであり、世界的にも高く評価されている。これは当初予定した以上の成果であると考えており、研究は順調に進んでいると自己評価している。
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今後の研究の推進方策 |
現在2ポットでのタミフル合成に成功している。究極の合成法は1ポットである。たった一つの反応容器で、タミフルのような複数の官能基と3つの不斉点を有する、実際の薬を合成した例はない。究極の1ポット合成を目指し、検討を行う。1ポット合成実現のためには、現行法ではtert-ブチルエステルをカルボン酸に、さらに塩化アシルに変換し、Curtius転位反応によりアミドを合成しているが、この方法では1ポット合成に展開するのは困難である。tert-ブチルエステルに代わり、アミド部位を有する原料を用いて不斉触媒マイケル反応が進行すれば、1ポット合成を実現できる可能性がある。この反応の実現に向け、反応条件の詳細な検討を行う。また鍵反応であるアルデヒドとニトロアルケンとの不斉触媒マイケル反応であるが、これまでの検討により酸が反応を促進することが明らかになっている。この酸の効果は予想外であり、酸の効果を明らかにすることにより、より優れた反応条件を見いだすことができる可能性がある。既に酸の効果についての検討を開始しており、少しずつではあるが、酸の役割に関して知見が得られつつある。 タミフルの1ポット合成が確立できたら、インフルエンザ治療薬として重要なリレンザの合成にも挑戦する。リレンザはノイラミン酸から化学合成されており、タミフル耐性菌に対して有効性を示す事から注目を集めている。しかし、経口吸収性が悪く、鼻口腔内噴霧製剤として用いられており、有効な経口投与薬の開発が望まれている。ノイラミン酸から合成する限り、合成できる誘導体は限られている。我々はより活性が強く、経口投与可能な誘導体の合成を見据え、まず、リレンザの独自の合成ルートによる新規合成法の確立を目指す。
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