研究領域 | 脳内環境:恒常性維持機構とその破綻 |
研究課題/領域番号 |
23111009
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研究種目 |
新学術領域研究(研究領域提案型)
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研究機関 | 独立行政法人放射線医学総合研究所 |
研究代表者 |
樋口 真人 独立行政法人放射線医学総合研究所, 分子イメージング研究センター, チームリーダー (10373359)
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キーワード | 神経科学 / 生体分子 / 認知症 / 脳疾患研究 / 薬学 |
研究概要 |
神経免疫担当細胞であるミクログリアは神経外環境を担う重要な因子であるが、ミクログリアの毒性変換に伴い、トランスロケータータンパク(TSPO)を発現することが判明している。そこでTSPO発現レベルの低いミクログリアクローンと、発現レベルの高いクローンを選択し、リポ多糖(LPS)刺激時に培養上清に放出される免疫シグナルを抗体アレイにより比較した。その結果、MCP-1をはじめとする炎症性ケモカインが、TSPO高発現ミクログリアでは顕著に増加することが判明した。この時TSPOの機能を抑制するリガンドを添加すると、炎症性ケモカインの放出が抑制されることから、TSPOは単なる毒性転換のマーカーではなく、毒性転換の制御分子であることが明らかになった。 次いでこれらのクローンをアルツハイマー病モデルであるアミロイド前駆体タンパクトランスジェニックマウスの海馬に移植し、ポジトロン断層撮影(PET)により病理変化を経時的に追跡した。TSPO低発現クローンを移植すると、脳内アミロイドは1-2週以内で速やかに減少したのに対して、TSPO高発現クローンを移植すると、脳内アミロイド形成は不変かもしくは個体により増悪を認めた。移植後3週の時点で脳を摘出し、組織病理解析を実施したところ、TSPO低発現クローン移植により周囲の内在性ミクログリアがTSPO陰性のまま活性化し、広範囲のアミロイド除去に寄与するのと対照的に、TSPO高発現クローンを移植すると、このような内在性ミクログリアの活性化はむしろ抑制されていた。また、TSPO低発現クローンの移植により脳内の広い範囲で神経細胞による栄養因子(BDNF)産生が増加したが、TSPO高発現クローン移植ではこのような変化は認められなかった。 TSPOの詳細な機能を解析する目的で、TSPO欠損マウスを作製し、行動表現型の解析を開始した。TSPO欠損マウスはてんかん様の痙攣発作を高頻度に発症することから、神経細胞とグリア細胞の相互作用が神経細胞の小運勢に影響を及ぼすことが考えられ、テレメトリー装置を用いた脳波計測など、より具体的な解析を実施中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画通り、TSPO高発現ミクログリアクローンと低発現クローンの免疫シグナル比較解析を実施し、毒性変換に関わる炎症性ケモカインを同定しえた。さらにTSPOが毒性変換の制御を担う分子であるという、当初の予想以上の新しい知見が得られた。ミクログリア移植実験は、アミロイド前駆体タンパクトランスジェニックマウスでは実施できたが、もう一つのモデルであるタウタンパクトランスジェニックマウスでは実施できず、この点では計画が幾分遅れた。その代わり、TSPO欠損マウスが予定よりも早く利用可能となり、行動実験をはじめとする解析を年度内に開始することができた。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究成果から炎症性ケモカインMCP-1がミクログリアの毒性変換や神経外環境の悪化に強く関わることが示唆されたので、今後はMCP-1の機能的意義や神経病態における役割を明らかにする実験を優先して実施する。また、MCP-1の受容体であるCCr2が脳内環境の維持とは単に関与する可能性も高いことから、CCr2に特異的な抗体を作製し、病態での増減などを明らかにして、イメージングバイオマーカーとしての意義を調べる。さらに生体脳内でMCP-1の安定化を担う酵素が近年同定されたことより、この酵素がイメージングバイオマーカーとなるかどうかを検討すると共に、酵素阻害が神経傷害性炎症シグナルを抑止するかどうかを治療制御で明らかにする。
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