研究領域 | 動的・多要素な生体分子ネットワークを理解するための合成生物学の基盤構築 |
研究課題/領域番号 |
23119009
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
伊庭 斉志 東京大学, 情報理工学(系)研究科, 教授 (40302773)
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研究期間 (年度) |
2011-07-25 – 2016-03-31
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キーワード | 遺伝的アルゴリズム / 進化計算 / 遺伝子ネットワーク / 遺伝的プログラミング / バイオ・ケミカル・ネットワーク / 反応化学系 / 共進化 / 発振回路 |
研究概要 |
本研究の目標は遺伝子ネットワークによるロバストな発振回路を設計することである。そして、最終目標はシミュレーションの結果からウェットな実験を行い、ウェットとドライのそれぞれの実験結果を比較・検証し、自動探索の有効性を確認することである。 合成生物学において遺伝子ネットワークによる双安定モジュールや発振回路は基本的なモジュールとみなされ、研究が盛んに行われている。これらの基本的なモジュールはコンピュータにおけるスイッチ回路(トランジスタ)や発振回路と同じ役割をする。遺伝子回路によるスイッチ回路や発振回路を設計・実現することにより、それらの組み合わせでより複雑な回路を設計をすることができると考えられている。 ネットワークの設計においてネットワークのノード数(ここでは遺伝子数)が多くなるに つれ指数関数的にパターン数が増える。そのため、ネットワークの設計をコンピュータで自動的に行えるようにすることは今後の合成生物学において重要であると考えられる。 そこで本年度の研究においては、遺伝子ネットワークの最適な構造やパラメータ値を進化的計算の一種差分進化計算で探索する。進化的計算は探索空間が広く、全探索が困難な問題を近似的に解くことのできるヒューリスティックなアルゴリズムである。これにより、人が想像しにくいネットワーク構造も探索・シミュレーションすることができる。 本研究では遺伝子ネットワークによる発振回路を進化計算により自動的に探索することを目的とした。そのための探索手法を提案し、5遺伝子までの遺伝子ネットワークを探索することができた。特に3遺伝子ネットワークの結果については、頑強性において実際にウェット実験を行うことができるような結果を得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の研究により、計算量において合成生物学のための探索手法の有効性を示すことができた。たとえば、、全探索を行った場合と今回の進化計算による探索を行った場合とを比較すると、計算量のオーダーが最低でも10の6乗倍も差があることがわかる。実験で用いたコンピュータ(約2.67GHz、4コア)では5遺伝子ネットワークの進化計算による探索に約7日かかったが、全探索であればと約2000年となる。以上より遺伝子ネットワークの全探索は困難であり、進化計算を用いた探索により計算時間を大幅に短縮できることがわかる。 またウェット実験に貢献するような頑強なネットワーク構造を見つけることに関しても、効果的な適合度関数を提案することで有効な探索戦略を実証的に示した。たとえば、実験結果のネットワーク構造は全体のノードで形成するフィードバックループや、2・3遺伝子で形成されるフィードバックループの組み合わせで構成されている。このように複数のフィードバックループが頑強性に寄与しているのではないかと考えられる。外乱が存在しなければ発振回路は1遺伝子や2遺伝子のフィードバック回路でも構成できるが、その発振回路に別のフィードバック回路を接続することでさらに頑強にすることが可能になる。そのためノード数が大きい(冗長な回路)ほど頑強であるが、一方で的確なフィードバックルールを構成することが重要であることが検証された。 したがって、発振回路だけでなくその他の機能を持つ遺伝子ネットワークでも評価関数を調整するだけで自動的に探索することが可能であり、これからの合成生物学の研究に貢献できると期待している。
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今後の研究の推進方策 |
今後の課題としては探索手法の改善により探索効率を上げることが大切であると考えられる。より少ない計算量で収束解が得られるようになれば5遺伝子以上のネットワークでも現実的な計算時間で探索できるようになる。具体的には評価関数やネットワーク表現などの部分を改善するべきである。 さらにウェット実験での検証に向けて、生物班とのより実際的な共同研究を実施していく。とくに、本年度の研究では構成モジュールの特性の違いや周囲の温度などといった環境変化に対して頑健な遺伝子回路モジュールを合成することを目的としている。そのため,発振器の機能を持つ遺伝子制御ネットワークのトポロジーを進化計算に基づいて探索する昨年度に構築した手法を拡張する。これまでの探索の結果得られたネットワークに含まれる遺伝子は比較的少なく,構造としてもシンプルであった。とくに,既存のrepressilatorと呼ばれる発振器にauto regulationを追加したような構造,およびrepressilatorを二つ結合させたような構造が得られている。モデル中に含まれる全てのパラメータをランダムに設定して発振確率を調べるモンテカルロ法を用いてネットワークの頑健性を既存の発振器と比較したところ,シンプルな構造にも拘わらずより高い確率で振動することが示された。 以上をふまえて、共同研究では,より頑強な遺伝子回路を設計する最適化手法を開発する。具体的にはSmolen オシレーターを拡張した遺伝子回路において,安定した発振特性を示す構造を探索する.ここでのロバストさとはパラメータ(反応係数)の変動によっても安定した発振特性を示すことを意味する.このようなロバストな回路が獲得できればウェットでの実験を飛躍的に促進すると期待されている。
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