研究領域 | 複雑な社会を維持する知性の源流を探る「認知進化生態学」の創成 |
研究課題/領域番号 |
23H03868
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研究機関 | 大阪公立大学 |
研究代表者 |
安房田 智司 大阪公立大学, 大学院理学研究科, 教授 (60569002)
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研究分担者 |
福田 和也 北里大学, 海洋生命科学部, 助教 (20882616)
佐藤 駿 京都大学, 白眉センター, 特定助教 (30845821)
坂井 陽一 広島大学, 統合生命科学研究科(生), 教授 (70309946)
吉川 徹朗 大阪公立大学, 大学院理学研究科, 准教授 (00646127)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 認知進化生態学 / 相利共生 / 寄生 / 魚類 / 甲殻類 / 協同繁殖 / 共同狩り / 中枢神経基盤 |
研究実績の概要 |
本研究では、主に魚類を対象に、(1)協同繁殖、(2)共生動物間でのシグナル交信、(3)親子間の音声シグナル、(4)共同狩りについて、複雑な社会関係の実態を解明し、その進化・維持機構としての認知能力、(5)中枢神経基盤との関連性を解明する。 (1)深場岩礁域に生息するNeolamprologus buescheriの協同繁殖については、繁殖個体の除去実験を行い、ヘルパーが繁殖個体の地位を引き継ぐかを調べた。行動観察から地位の引き継ぐ可能性が高いことが分かった。N. savoryiの罰を野外観察と除去実験により調べた。水槽実験と同様に、野外でも罰が存在しているが、ヘルパーの数や順位、血縁により変化する可能性が示唆された。罰の水槽実験の結果については、学術雑誌に報告し、プレスリリースも行った。協同繁殖の平行進化と卵サイズの論文については、国際共同研究として学術雑誌に投稿し、現在、修正中である。 (2)共生動物間でのシグナル交信について、野外で録音調査を行ったが、エビとハゼは音声でシグナルを交換している可能性は低く、鳴音は同種他個体に出会った時に発せられることが分かった。 (3)親子間の音声シグナルについては、タンガニイカ湖産カワスズメ科魚類で鳴音に関する基礎情報を収集した。実際に新規で7種が鳴音を発すること、同じ個体でも場面に応じて鳴音を使い分けることが示された。 (4)共同狩りについては、タンガニイカ湖の魚食種がトゲウナギに追従して狩りを行い、追従者が小さい時、エビ食の時だけ追従狩りの効率が上がることが明らかになった。また、珊瑚礁に生息するニセクロスジギンポの共同狩りについて、群れの中での役割分担の発生要因、掃除魚擬態における体色の対捕食機能が無いことを明らかにした。 (5)中枢神経基盤については、カワスズメ科魚類の繁殖ペアの形成過程と執着、愛着に関して、まずは行動観察から始めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究内容の(1)協同繁殖については、4名がタンガニイカ湖で長期野外調査を実施し、大きな進展があった。特に、深場岩礁域に生息する種については、除去実験も順調に進み、概ね野外データを得ることができた。また、2023年度から開始した魚類の罰についての研究もたくさんの行動データを得て、現在解析中である。調査が必要であった4種の社会構造や協同繁殖の実態は概ね明らかにできた。また、執筆活動も進み、学術雑誌に掲載済みか投稿中が大部分となったので、全体として大きな進展があったと言える。2024年度も引き続きタンガニイカ湖で調査を行い、主に操作実験などにより協同繁殖の進化・維持機構を解明していく。 研究内容(2)の共生動物間でのシグナル交信については、予想に反し、エビーハゼの共生関係の維持に音声シグナルが関係していなかった。逆に、鳴音以外の行動や化学シグナルが重要であるとも言え、そういう意味では大きな進展があったと言える。 研究内容(3)の親子間の音声シグナルについては、2023年度からタンガニイカ湖産カワスズメ科魚類の鳴音について調査を開始したが、実際にカワスズメ科魚類が鳴音を発することや複数の鳴音を個体が使い分けることなど、予想を上回る進展が見られた。 研究内容(4)共同狩りについては、カワスズメ科魚類のトゲウナギへの追従狩りとニセクロスジギンポの卵捕食における共同狩りの役割分担を調べた。前者については、結果が出揃って学会発表を行った。後者については、役割分担だけでなく、擬態についても明らかになってきている。 研究内容(5)中枢神経基盤については、新規で研究を開始したため、行動観察にとどまるが、次年度以降は脳内での神経基盤の変化について調べる準備が整った。 以上のように、2023年度は「認知進化生態学」研究として大きな成果が上がり、本申請課題は概ね順調に研究が進んでいると判断される。
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今後の研究の推進方策 |
2024年度は、2023年度に引き続き(1)協同繁殖、(2)共生動物間でのシグナル交信、(3)親子間の音声シグナル、(4)共同狩りについて、複雑な社会関係の実態を解明し、その進化・維持機構としての認知能力、(5)中枢神経基盤との関連性を解明する。新たな「認知進化生態学」として、生態・認知・脳研究を統合して展開していく。 (1)タンガニイカ湖で潜水調査の他、新規にROVを導入し、生息水深が深いために調査が困難であった協同繁殖カワスズメ科魚類数種を対象に、行動観察と遺伝的血縁度の推定を行い、社会構造を解明する。また、協同繁殖における罰の実態と機能、共同的一妻多夫の成立要因と維持機構についても研究を進める。さらに、これまでに蓄積した協同繁殖の様式、生活史形質、生息場所や分子系統樹を用いて、魚類の協同繁殖の進化要因を解明する。 (2)エビとハゼの共生関係における、鳴音以外の行動や化学シグナルによる共生者間のコミュニケーションの研究を行う。特殊な水槽を用いることにより、巣の外だけでなく巣内の2者の行動も詳細に観察する。 (3)口内保育を行うカワスズメ科魚類数種を対象に個体間、親子間での音声シグナルを調べる。タンガニイカ湖で子育て中の親子を観察するとともに、親が子に発する音を水中マイクで記録し、解析する。録音声の水中での再生など、様々な実験を行い、魚類初となる親子間の音声シグナルを解明し、音声コミュニケーションの研究に繋げる。 (4)2023年度に引き続き、ニセクロスジギンポの群れでの襲撃パターンや共同狩りのチーム形成過程を詳細に調べることで、哺乳類とも比較可能な、認知能力と行動戦術を明らかにする。 (5)カワスズメ科魚類の繁殖ペアの形成過程と執着、愛着について、魚類の認知能力を生み出す中枢神経基盤の起源と保存性を探る。
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