計画研究
ヒトの対レトロウイルス防御タンパク質であるAPOBEC3Gと、それを阻害するHIVのタンパク質Vifの共進化の数理モデル化を行い、ウイルス突然変異率の最適化を巡る宿主とウイルスの攻防の進化動態モデルを構築した。APOBEC3によるウイルス突然変異率上昇とVifによる阻害による突然変異率の引き戻しの力のバランスにより、共進化過程がウイルス擬種分布の崩壊(エラーカタストロフ)に至るか、突然変異率の過度の抑制による抗原エスケープ能を失うに至るか、ウイルスが両者をうまくバランスさせて最適な突然変異を維持できるか等の様々な共進化動態の帰結が可能である中で、Vif/A3G発現量の共進化サイクルをもたらしうることを理論的に示した(ESMTB 2014, Gothenberg)。手足口病の原因ウイルスであるエンテロウイルス71(EV71)の感染細胞の半減期、ウイルスのバーストサイズ、基本再生産数(R0)を表出するモデルを構築し、ウイルス株間でのそのバーストサイズおよび基本再生産数が、感染細胞の半減期に比べて顕著に異なることを見出した(J Virol. 87:701-705, 2013)。HIV感染初期過程のウイルス分子と細胞成分の時系列解析から、ウイルス複製と標的細胞の定量的かつ動的理解を試みた。HIV感染後4-7日目に高ウイルス血症が検出され、感染後14日以降には制御性T細胞(Treg)が枯渇し、それまでの急性感染期ではTregはHIVの主たる増殖の場となること、ウイルスアクセサリタンパク質Vprが、その細胞周期G2/M期停止とアポトーシス誘導作用によりTregへの感染とその枯渇を促進し、他の主標的細胞であるメモリーT細胞の増殖活性化を促すことがわかった(PLoS Pathog, 10.1371, 2013)。
2: おおむね順調に進展している
HIVと宿主の対レトロウイルスタンパク質APPOBECの共進化においては、宿主がAPOBEC3Gによってウイルス突然変異率を増加させ、その正確な複製を困難にする(エラーカタストロフに追い込む)ことでウイルスに対抗する。一方、ウイルスはAPOBEC3Gを阻害するタンパク質を発現することで突然変異率の上昇を抑えようとする。これは共進化における軍拡競争の典型であり、共進化サイクルなどの興味深い挙動が予測されるが、このようなおもに理論的にのみ知られてきた動的な進化現象を、ヒトとHIV-1との進化系で実証的に検証する方向に理論と実証研究が統合される方向に研究は進行している。今後は、理論研究と実験研究のより緊密な相互作用が必要である。
ヒトとレトロウイルスの複製をめぐる攻防のプロセスと宿主域の進化について、現在とりくんでいるA3GとVifの共進化系の解析をさらに発展させると共に、HIVとそれに関連するサル免疫不全ウイルスである(SIV)のゲノムデータをもとに、ウイルスゲノム中のAPBEC3Gの認識配列からの逃避の程度からAPBEC3Gとこれらのレトロウイルスとの動的な進化の軌跡の再現にも取り組む。植物ウイルスにおける感染ゲノムの多重度(Multiplicity Of Infection, MOI)の進化を、「ただ乗り」の排除というウイルスにとっての適応的観点から進めるとともに、cell-to-cell感染とウイルス粒子放出による感染の程度の違いによって、ウイルスにおける「ただ乗り」の排除の重要性がどう違い、MOIの進化にどう影響するか、また、ウイルスのMOIを決定するcis-acting な遺伝子とtrans-actingな遺伝子に着目したウイルス進化実験と、およびそれぞれの遺伝子の進化の数理モデルとを組み合わせて検証を行う。ウイルスコンピテンシーに促進的に働くウイルス要因と制御(防御)的に働く宿主要因について、ウイルス感染 ヒト化マウスモデルをつかってその作用モードを明らかにする。ウイルス促進因子の部分欠損変異ウイルスを感染させ、ウイルス量ならびに病原性発現レベルの経時的相違を明らかにする。具体的には、各種Vif変異体HIV-1の感染実験により、APOBEC3Gに加え、APOBEC3F、APOBEC3D/E、APOBEC3Hそれぞれによる抗ウイルス活性の量的ならびに機能様式の差異を明らかにする。その結果、どのようなモードでウイルス感染が成立するのかヒト化マウスを使って実験結果を取得するとともに数理モデルを構築し、その分子機序を明らかにする。
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