計画研究
本研究では、分子構造レベルでエンハンソソーム形成機構を解析し、細胞シグナル依存的な転写制御機構の解析と基本原理の解明を目指し、分子動力学等の計算科学による解析(中村らとの共同研究)のほか、バイオインフォマティックスの手法を取り入れ(松本らとの共同研究)、多角的に研究を行っている。1)TCRαエンハンサー上に形成されるエンハンソソーム中には、二分子のRunx1がDNAに隣接して協調的に結合し、エンハンソソームのコアを形成している。この二分子のRunx1間の協調的DNA結合活性は、Runx1のDNA結合ドメイン (Runtドメイン)のN末端側の天然変性領域を介して発揮されることを我々は明らかにした。このRuntドメインのN末端の天然変性領域を含めてRunx1-Runx1-DNA三者複合体の結晶化を行い、予備的な回折実験を完了した。2)Ets1の天然変性領域のリン酸化がEts1自身のDNA結合活性を抑制する機構を調べるため、中村らと共同で、計算による分子シミュレーションを行った。その結果、リン酸化を受けた天然変性領域が、Ets1のDNA結合面と相互作用することでDNAと競合し、DNA結合を抑制していることが示唆された。3)酸化ストレス応答遺伝子群の発現を制御する転写因子Nrf2は、小Mafタンパク質群をはじめとしたbZIP型転写因子とヘテロ2量体を形成して抗酸化剤応答領域(ARE)に結合して転写を活性化する。H26年度は、天然型のARE配列に形成されるNrf2-MafG-DNA複合体の高分解X線結晶構造を決定した(投稿準備中)。4)転写因子および転写関連タンパク質のアミノ酸変異が遺伝性疾患を引き起こすメカニズムについて、分子構造面から解析した(松本らとの共同研究)。
2: おおむね順調に進展している
タンパク質-DNA複合体の結晶化実験が比較的順調に進行し、十分な分子構造情報が得られてきている。特に、Nrf2-MafG-DNA複合体の構造解析が順調に進んだ点が研究の進展に繋がった。Nrf2-MafG-DNA複合体の結晶化実験では、Nrf2, MafGおよびDNAを混合して複合体を調製するが、MafGはホモ2量体としてDNAと相互作用することが可能なため、この溶液中でMafGホモ2量体とDNAとの複合体、およびNrf2-MafGヘテロ2量体とDNAとの複合体が混在してしまう。そのため、後者の複合体のみを結晶化するのは困難であったが、DNA配列やタンパク質比の最適化によって最適な結晶化条件を見出すことができた。Ets1の天然変性領域についての分子シミュレーションは、これまでに例のない大規模な計算となったが、H26年度内に完了することができた。シミュレーションによって、天然変性領域の振る舞いが、化学修飾を受けることによってどのように変化するのかを理解する上で大変有用な情報が得られている。
TCRαエンハンソソームの形成制御機構の解析については、分子構造面からの解析は順調に進んできている。機能解析も進行中であるが、解析対象のエンハンソソームは構成分子が多く、レポータープラスミドと多種類の転写因子を強制発現させるという、従来の人工的な転写活性化実験による解析が限界に来ている。すなわち、従来法では、TCRの発現に必須であることが個体レベルで証明されているLEF1等の転写因子による転写活性化への寄与が、はっきりと観察されないのである。これは、レポーター遺伝子がプラスミドに挿入されているため、ヌクレオソーム形成やヒストン修飾等の点で天然のエンハンサー領域が再現されていない等の理由が考えられる。そこで、今後はゲノムにレポーター遺伝子を組み込む等、より生理的な条件下で解析できる細胞実験系を立ち上げる予定である。この他にも、領域内の共同研究として、個別のエンハンサー領域に形成されるタンパク質-核酸複合体をまるごと単離可能な技術であるenChIP実験等、より天然に近い状態での転写制御機構の解析を可能とする実験を立ち上げる計画である。Nrf2については、酸化ストレスの制御因子として注目が高まっており、研究競争も激しくなってきている。そこで、まずはNrf2-MafG-DNA複合体の結晶構造の論文発表へ向けて準備していきたい。
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