新青丸KS-16-9次航海を利用し、日本南方海域においてリン添加実験を行った。当該海域は無機リン酸塩がナノモルレベルで枯渇しており、微生物群集のリン添加への応答を調べるのに適した海域である。特に本実験では無機リン酸、リン酸モノエステル、ホスホン酸とリンの化学種を変えて添加培養を行い、植物プランクトン群集の変化を調べた。リン添加への応答は海水を採取した日および植物プランクトン種により異なり、リン利用は種間差の他に時空間変動も見られることが明らかになった。概してホスホン酸の添加への応答は他のリンに比べて小さかったが、Prochlorococcusにおいては他のリンと遜色なくホスホン酸の添加に応答して細胞数の増加が見られ、この種が幅広い化学種のリンを利用し低リン濃度環境に適応している可能性が示唆された。 これまでに得られた知見から、太平洋の各海洋区系における生物生産調節機構の特徴を整理した。北太平洋亜寒帯域では、有光層内全体で鉄が主要な調節因子となっており、外部からの鉄の供給量に応じた新生産と、有光層内で循環する鉄に依存した再生産が共存していると考えられた。太平洋赤道域でも、鉄が主要な調節因子となるが、下層から湧昇した栄養塩を含む表層水が南北方向に輸送される過程で、調節因子に水平的な勾配が生じていた。北太平洋亜熱帯では、窒素が主な一次生産の調節因子となっており、有光層下から供給される硝酸塩の弱光条件下での利用や表層での生物窒素固定に対して、鉄がトリガーとして作用することに加えて、西部海域では海水中のリンの存在形態と植物プランクトンの有機態リン利用能が一次生産の群集構造を決定する要因となっていた。南太平洋亜熱帯でも、窒素が主な一次生産の調節因子となっているが、同時に鉄が決定的に不足しており、微小植物プランクトンと従属栄養生物中心の物質循環が営まれていると考えられた。
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